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2010年8月

「スターもいい作品に巡り会えてこそ輝く」・・・ヒース・レジャーの場合

「ブロークバック・マウンテン」でヒースにドはまりした(こういうの”廃人”っていうそうですね)私は廃人の例に違わず、彼の出演作品を可能な限り観た。ヒース・レジャー ストーカーになって・・                                              オーストラリア出身の俳優であるヒースは、地元の演劇やTVでしばらく活躍したあと20才でハリウッドに進出した。オージー俳優には他にメル・ギブソン、エリック・バナ、ラッセク・クロウ(ニュージーランド)などいるが、ヒースも含めて彼らは”乾燥した荒野と草原”を感じさせる武骨さを共通して持っている。(写真・右がヒース、左がジェイク・ギレンホール)  

Photo_3 E・ブロンテの「嵐ケ丘」の主人公ヒースクリフから父親が取ったヒースという名のこの俳優は20才でハリウッドに出ていくつかの脇役を経て「サハラに舞う羽根」(2002)に主演し、2005年「ブロークバック・マウンテン」でブレイクする。同年「カサノバ」で”伝説の女たらしカサノバ”を演じ、2008年「バットマンシリーズ・ダークナイト」でジョーカー役に抜擢され、この映画の完成を見ぬまま28才で亡くなった。死因は睡眠薬の多量服用によると報道された。。                             

私ことヒース廃人は彼のフィルモグラフィーから何作品か観て気づいたのである。「私はヒースにはまったのではなく”イニス”に惚れたのだ」・・ということを。つまり役者というものは”いい作品、いい監督”に恵まれたときその魅力を存分に発揮する。駄作にいくら多く出演しても結局は”当初の新鮮さを失い、すりきれて使い捨てられる”だけだ。ヒース出演作品についていえば「サハラ・・・」「カサノバ・・」では彼の魅力は感じられなかった。むしろ「パトリオット」(2000)「チョコレート」(2001)の脇役のほうがずっと良かった。                           

「パトリオット」は”アメリカ独立戦争に巻き込まれ、勇者として戦い戦死する青年(この時20才だからむしろ少年に見えた)、父親役は同じオージーのメル・ギブソン)  「チョコレート」もこの時期のもので”夫を死刑にされた貧しい黒人の女性と死刑執行にあたった心に大きな傷を負った看守の恋がテーマで、ヒースは父親(看守に)に死刑執行という仕事をびびる心の弱さ(優しさ)を叱責されつづけ、父親の目の前で銃で自殺する青年看守の役。ハル・ベリーはこの映画で「アカデミー主演女優賞」「ベルリン国際映画祭主演女優賞」に輝いている。なぜか2つの映画とも、死んでしまう役だったことに今更ながら気がついた。                                                  

彼の遺作となった「ダークナイト」の鬼気迫る演技で死後彼はオスカーを得たが、あまりに重すぎる世間の期待や陰惨なジョーカーに押しつぶされてしまったのではないだろうか。私は「ダークナイト」を観る気力をまだ持てずにいる。

☆  「ブロークバック・マウンテン」のメイキングを改めて観た。アン・リー監督は「イニス役は一発で決めた」といっているが、事実はその前に何人かの俳優に断られていたという。小説発表から映画制作までに7年の月日がかかったのも「世間の偏見を恐れてスタッフの辞退もあり難航した」。当時すでにハリウッド若手の中心にいたジェイク・ギレンホール(ジャック役)とヒースはインタビューの中で「アン・リーという名監督の作品にぜひ出たかった」「脚本があまりにも良かった」ことを出演を決心させた理由にあげている。彼らに勇気があり、その結果イニスに巡り会えたことを心から幸せだと思う。

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サッカー雑感3(第21節)いいこと沢山ありました

Photo_8     C大阪の止まらない快進撃!2:0で新潟に勝利です。香川(写真・左)が去ったあとの戦力補強も功を奏しているとはいえ、何といっても乾 貴士(写真・上)の存在が原動力となっています。彼は”忘れもしない”2006年の全国高校サッカー選手権でイケメン山本監督のもと”ちょいワル セクシーサッカー”で何と強豪・鹿児島実業を破り初優勝を遂げた時のメンバーのひとりなんです。(ジェフの青木孝太も)この”ちょいワル、セクシー”は今までの体育会系オーソドックスな高校サッカーに新風を吹き込みました。乾クンとブログ主は同郷であるゆえ「え?○○市の何町?」などとマイナーな関心を持ち、郷土愛満々なんです。(「甲子園」でメディアが煽り立てるのは大嫌いなのに) セレッソは現在エスパルスと並んで(勝ち点39)で名古屋に付けています。 そして彼(乾)は日本代表に初招集され(フル代表としては初ですよね?)、(9月のキリンチャレンジカップ )楽しみがひとつ増えました。               

さてマリノスでは俊輔が1アシスト・1ゴールの大活躍、TV放送がないので早速「動画」を探してみたら何ともキレキレの素晴らしいゴール!相手のディフェンスに包囲されながら一瞬のライナー(サッカーでもこういうのかな?)を右隅に打ち込みました。この調子で今期いっそう素晴らしいプレーを見せ続けてもらいたいものです。ガンバも2:0で磐田に勝利、大阪勢は調子が上がってます。 

<another stories>                                          ☆ドイツ・ブンデスリーのドルトムントに移籍した香川が開幕早々2ゴールという快挙を成し遂げました。昨夜の「ヤベッチ」では、かのバラック(チェルシーからレバークーゼンに復帰していたの知らなかった。好きな選手です。)と対戦し、「彼(香川)については(対戦して)良い印象を持ったよ。自分でみちを切り開き自分の能力をここ(ドイツ)でみせることになるだろう。」とコメントされていた。多分にリップサービスもあるだろうけれどこういう一流選手達に揉まれてもっともっと強くなって”第二のパク・チソン”になって欲しい。                                                                                            

 ☆セリエA・チェゼーナに移籍した長友が、かの”ローマの王子”トッティを削ってイエローカードを貰ったとは!スーパースターに対して この物怖じしないデカい態度に感服です。こちらも怪我せずに頑張ってくれー。                                                                                                                                   
☆ 韓国・水原に移籍した高原が早速2ゴールあげたとか。彼はもっとできる選手。いつかもういちどJリーグに復帰してくれることを願います。           

想い出の中のスターたち3・・ヒース・レジャー(「ブロークバック・マウンテン」)

Photo_2  夜明けのワイオミングの青いモヤに包まれた山麓を遠くクルマのライトが画面を横切り、こちらに近づくとそれは大きなトラックで、ヒッチして来たひとりの大柄な若者が降り立つ。このとき流れるアコースティック・ギターの哀切でかすかな音色がこの若者のその後を暗示するようで、心に残る名オープニングシーンである。        
   若者・イニス(ヒース・レジャー)は夏のあいだ羊をロッキーの山麓に放牧するために雇われたカーボーイで、同じく貧農季節労働者ジャック(ジェイク・ギレンホール)と出会い、19才の2人は1か月の雇用を得て、羊を連れてブロークバック山に登る。 1960代の或る年の「ひと夏の出来事」がその後の2人の人生を決定づける。以後20年間遠く離れて住み、それぞれ結婚もしこどもの父親になりながら、毎年1回だけロッキーの山々での数日間の束の間の出会いを心待ちにして生きるクローゼット(隠れ)・ゲイとなる。イニスは亡き父からイヤというほど世間のゲイへの偏見、ゲイたちがむごたらしくリンチで殺された話などを聞いて育ち、まさか自分がそうなるなどとは信じられないが、どうしてもジャックへの愛は否定できないで苦しむ。彼らの(山から降りた)地上での生活は”結婚生活の破綻”に象徴されるように上手くいく筈もなく相変わらずの厳しい雇われカーボーイだ。(ジャックの方は妻の商才で「農業機械販売」としてゆとりのある生活だが、夫婦関係は完全に冷えきっている。)結局この2人の「至福の束の間」は突然終わる。ジャックが事故死することによって。(ゲイという理由で”世間の人々”に殴り殺された?)ラストはトレーラーハウスにひとり住まいをしながら、イニスが季節労働者の日々を続けるところで終わる。                                  

「ブロークバック・マウンテン」(監督:李安:アン・リー)は2006年度の「ヴェネチア国際映画祭」で金獅子賞(最高賞)に輝き、アメリカ国内では”中西部の保守的な世論がカーボーイのイメージを汚したとして反発するのでは?”との危惧からか当初はNY、LAの単館上映から始まったがゴールデン・グローブ賞など数々の賞を受けると、上映は全米2000スクリーンに広がりヒースは10以上の「主演男優賞」を」受賞することにより”将来性を最も期待される若手有望俳優”になった。

しかしアカデミー賞(オスカー)では8部門の賞を獲りながら最高賞(作品賞)は「クラッシュ」に奪われる結果となる。「やはりテーマがテーマだから」と一部でささやかれた。    

この映画の素晴らしさには背景を流れる音楽(OST)も大きく貢献している。アコースティックな響きに西部の哀愁を漂わせた音楽のプロデュースはグスターボ・サンタオラヤ。彼は「モーターサイクル・ダイアリーズ」についでこの映画で2度目のオスカー・音楽部門賞を受賞した。さらにエンドロールで流れる ”He was a friend of mine”の歌詞はまさにこの映画のために作られていたのかと(ボブ・ディラン?の既作)疑うほどである。                      

ヒース・レジャーはその後この映画で妻役となった女優と結婚、離婚をし、「バットマン」シリーズの最新作「ダークナイト」に抜擢されたが2008年、28才で睡眠薬多用のため亡くなった。   

   なおこの映画には原作がある。ピューリツァ賞受賞作家アニー・プルーが1997年に「ニューヨーカー」誌に発表した同名の短編小説である。たった85ページの短編(集英社文庫)だが、叙情を排した硬質のストイックな文章で、イニスやジャックも映画のような美男ではないが、こちらも強い感動を受ける小説である。

韓流にはまる日々(その3)・・映画「私たちの幸せな時間」

Photo_2 ここのところ、毎日新聞は1面に大きく”日本の死刑制度”についての国民的論議を起こす意図からか”死刑執行の施設(部屋)を写真で公開している。(これは千葉景子法相が死刑廃止論者であることからか初めて政府が公開したこともあって)                

「悪い奴は因果応報だから、国民の見えないところで消えてくれ」というのが死刑賛成論者であったとしても本音だろうから。       


最近、韓国映画「私達の幸せな時間」を観た。金に困った貧しい青年が恋人の出産費用(堕胎費用だったかも?)のために兄貴分の押し込み強盗に荷担して人を殺し兄貴分の罪もなすりつけられて死刑になる話で 死刑にいたる彼の日々が描かれている。最後の死刑のシーン(絶命まで)は正直「ここまで見せないでほしい」と思った。観たくない映画だったのだが死刑囚を演じたドンちゃん(カン・ドンウォン)ファンなのでつい観てしまったのだ。          

死刑シーンを描いた映画で私の観たのは他に「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「グリーン・マイル」「チョコレート」「カポーティ」 などがあるが、どれも正直そのシーンは「ここまで観せるか」と思った。                                                 

アムネスティによれば、現在世界200国中で死刑制度存在国は約30か国、イスラム諸国、アフリカ、アジアに多くいわゆる先進国では日本とアメリカである。死刑人数の90%は中国で行われたもの。ちなみにEU諸国の死刑制度存続国はほぼゼロ。廃止事情はそれぞれで、例えばイギリスは死刑執行した翌年にえん罪であったことが判明してこれを機に廃止、ドイツはナチズムの時代に多くの無実の人々が殺された教訓から廃止、フランスは死刑廃止を公約に掲げたミッテラン大統領が賛成が80%という世論を押し切って廃止を強行(現在では世論の大方は廃止賛成)                                      

韓国は、というと10年以上執行がなかったため、アムネステイによって「廃止国」に分類されていたが2005年頃から「死刑復帰」の動きが出始め、そろそろ執行も行われるかも?というところだそうです。「私達の幸せな時間」(2006)はそういう動きの中で国民の論議を呼び起こす”一石”になったのかも知れません。観客動員数300万人と大ヒットしたそうです。

想い出の中のスターたち(2)・・・リヴァー・フェニックス「マイ・プライベート・アイダホ」

Photo_4 Photo   「マイ・プライベート・アイダホ」(1991)は21才の時の作品で、この2年後に彼は亡くなった。この映画の主人公マイク(リヴァー)の人生は何とも壮絶きわまる。幼時に母に捨てられ、ストリートチルドレンとして育ち、ドラッグをやり男娼として生きている。そのうえナルコレプシー(時や場所を選ばず熟睡状態に陥るという発作を起こす)という持病まである。相棒(友人?愛人?かは不明)のスコットは市長の息子で父親に反発して家出をし、同じような生活をしている。スコットを演じるのは当時27才のキアヌ・リーヴズ、まだ無名だった頃だと思う。マイクはスコットとともに母親探しの旅に出る・・といういわゆる”ロード・ムービー”でもある。結局母親は見つからず、スコットは元の上流社会に戻り、マイクは荒野を走る道路上でひとり発作を起こして倒れているのを行きずりの車が拾いどこへともなく連れ去って終わる。                                                  


リヴァーはこの映画の出演に際して所属エージェントの反対を押し切り、ほぼ”ノーギャラ”で出演したという。「マイ・プライベート・・」はその年のヴェネチア国際映画祭で彼に”最優秀主演男優賞”その他数々の賞をもたらした。                                           

思うに、こういう役を演じる役者は撮影中の日々(24時間)、つまりオフの私生活でどのように”映画の中の自分”から逃れられるのだろうか。役にのめり込めば込むほど寝ても覚めても役(マイク)と本当の自分とがごっちゃになって苦しむのではないか。「役に呑み込まれるな」という教訓があるらしいけれど、ベテランでもない21才の青年にそんな割り切りができる筈がない。ドラッグに溺れることによってラクになろうとするのも無理からぬ話ではないかと思う。(そして次第に常習化する?)                                  

リヴァーは2年後、友人であるジョニー・デップがオーナーであるクラブの裏で麻薬吸引の強い心臓発作を起こし、救急車の到着も間に合わず心臓が停止したという。最期に付き添っていた弟のホアキン・フェニックスは今では着実に中堅俳優としての地位を確立している。ホアキンはベジタリアンであるとともにアムネスティ(NGO・国際人権救援機構)の活動にも参加しているという。                                    

想い出の中のスターたち(1)・・リヴァー・フェニックス(「スタンド・バイ・ミー」

Photo 「スタンド・バイ・ミー」(1986/ロブ・ロウ監督)。この映画はベン・Eキングの主題曲と映画の中で少年クリスを演じたリヴァー・フェニックスとともに映画ファンの胸に永久に刻まれた。                                             

オレゴンの田舎町の4人の仲良し小学生たちが「遠い森の中で事故死した青年の死体が放置されている」という町の噂を聞いて”遠い森の中の死体探し”の旅に出るという誰もが似たような体験を持つ”少年時代のひと夏の冒険”を描いたものだ。4人はそれぞれ大なり小なりの不幸や心のキズを抱えており、リヴァー演じるクリス少年はグループのリーダー格なのだがアル中の父、チンピラの兄を持ち家庭は貧しい。森に向かう線路に沿って旅は続けられ、野宿の夜にクリスはゴードン(恵まれた家庭に育ちながら優等生の兄が事故死し、両親は悲しみから立ち直れずゴードンにかまってやらない)と子どもなりの悩みなどを話し合ったりする。                                     

結局死体は見つからず旅は終わるのだけれど、線路に沿って旅を続ける4人が町に帰り着いてそれぞれの家に離散していくあたりが、共に過ごした少年時代からそれぞれの人生に別れていくことを象徴しているように思えた。                                                                                    

  リヴァーフェニックスの可愛らしさ健気さ、正義感そして哀しみを秘めたような表情が忘れられない映画である。  ストーリーは成人して小説家になったゴードンがある日、ふと目にとめた小さな新聞記事”(弁護士になった)クリスがバーで見知らぬ客たちの喧嘩をいさめ、銃で撃たれて即死した”というのを見つけるところで終わっている。胸を打つうまいラストだ。                                                                                              余談であるがゴードンの亡き兄にジョン・キューザック(回想シーン)、年長のチンピラグループのボス役に「TVドラマ・24」でブレイクしたキーファー・サザーランドが出ているのも注目である。

季節はずれのバラの話

Photo_13      今日もまた暑い。庭のバラは長く伸びた枝の先にみすぼらしい花をつけてぐったりとうなだれている。弱った木は害虫や病気の格好の暗躍場所となり、葉枯れ病ですっかり葉を落としてしまった鉢、黒点病で汚れた葉を辛うじて残している鉢ばかり。びっしりと白いカイガラムシに取り付かれた「メアリーローズ」の幹にようやく殺虫剤をまいて、あとの木のケアは雑草と蚊の襲撃に怖じけてギブアップ、早々に退散する。(ゴメンナサイ)これでは来春の開花はあまり期待できないか・・・。現在、ロザリアン(バラ・マニア)の関心は専ら「オールドローズ」と「イングリッシュローズ」の世界に移り、今まで各地のバラ園を見事に飾っていた「モダンローズ(大輪の形容整った、いわゆる花束にするバラ)」は急速に人気を失った。本屋さんに並ぶバラの本も殆どがオールドローズやイングリッシュローズのものだ。改良種モダンローズ(現代のバラ)が現れる以前の19世紀以前のオールドローズの魅力は原種に近く、自然なシュラブ(長い枝を自由に伸ばし株立ちして何十という花を咲かせる)を形成し、その強い香りに圧倒されるものが多い。                                             

ナポレオン1世の妃ジョセフィーヌが生涯にわたり住居としていた「マルメゾン宮殿」の庭に彼女は世界中から可能な限りのバラを集めた。彼女のコレクションは当時消滅、散逸しつつあったバラを後世に残す大きな役割を果たしたといわれている。ジョセフィーヌは実生活では夫ナポレオン皇帝に離婚 されたPhoto_11が(彼が権力強化のためハプスブルク皇女と政略再婚したため)、むしろ晩年に至るまでマルメゾン宮殿でバラに囲まれ、その気さくな性格から護衛兵たちに「グランマ、グランマ」と慕われて暮らしたのは幸せな事だったのかも知れない。さてオールドローズには「ジョセフィーヌ」「シャポー・ドゥ・ナポレオン(ナポレオンの帽子)」「スヴニール・ドゥ・ラ・マルメゾン(マルメゾンの想い出)」や、イギリス薔薇戦争の際、ヨーク家の付けた白バラ、ランカスター家の付けた赤バラも残っている。(信憑性はさだかでないけれど) (写真上:スヴニール・ドゥ・ラ・マルメゾン  写真中:シャポー・ドゥ・ナポレオン)                    

イングリッシュローズと呼ばれるグループはイギリスの”D・オースチン社”というブリーダーがオールドローズをベースにモダンローズを掛け合わせて作り出した品種で、1950年代(だったか?)に初めて”チェルシー・フラワー・ショー”(英国王立園芸協会主催の世界で最も有名な園芸展示会)に出品されて以来、圧倒的人気を誇っている。花の名前が”イギリスの実在の人物、歴史上の人物”に由来するものが多く、オールドローズとともに魅力に取りつかれたロザリアンがネット上でも沢山見受けられる、                                 

写真下はメアリー・ローズ。この花は1983年、400年の歳月を経て海底から引き上げられたヘンリー8世の旗艦「メアリー・ローズ号」にちなんで同年、オースチン社が世に出したイングリッシュローズです。我が家の庭で害虫にも病気にも負けず、毎年きれいなクリアーピンクの花を沢山咲かせてくれます。

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恋風恋歌・ドンゴンssiの結婚(韓流にはまる日々・その2)

Photo_4 Photo_3 チャン・ドンゴンssiとコ・ソヨン嬢の結婚は最近の韓国芸能界のトップ・ニュースだ。彼らの馴れ初めは1999年公開の映画「恋風恋歌」である。この映画は済州島(チェジュド)を舞台に、地元の観光バスガイドとソウルから来た観光客?の青年とのラブストーリーで、これといったドラマティックな展開はないのだけれど、チェジュドの美しい風景の中での「恋人までの距離(ディスタンス)」?が爽やかに描かれており、「あ、この時から好意を持ちあったんだな」と思わせるような息の合った2人であった。カメオ出演でドンゴンssiの親友・ハン・ジェソクがチョイ出ているのも楽しい。                                                                                                       

    チャン・ドンゴンはこの映画以前は専らTV俳優として活躍しており、チェリムと共演した「イヴのすべて」でイケメン俳優として注目されていた。しかし「恋風・・」1999)はヒットせず、その2年後に公開された「チング・・友へ」で映画界に躍り出た。この映画はさしずめ韓国版「スタンドバイミー」といえる。(シチュエーションはかなり違うが・・「アメリカの片田舎の4人組の小学生たちのひと夏の冒険」・「釜山の4人の高校生グループの青年になるまでのドラマ」)ドンゴンssiは「葬儀屋の息子であるという強いコンプレックスを持ち、成人後はヤクザになってしまい、元親友(ヤクザ)とのシマ争いでハチの巣のように撃たれて死ぬ。さらに彼は「ブラザーフッド」(朝鮮戦争の惨い戦闘から高校生の弟を除隊させるために狂気をおびるまでに戦功をあげようとする兄)  「タイフーン」(脱北して悲惨な家族離散をし、東シナ海の海賊団に入るすさんだ青年)など大作に次々と出演してトップスターの座を確立したのである。イケメン・チャン・ドンゴンssiには悲劇がよく似合う。だけど実生活ではコ・ソヨンssiとの10年余の交友関係の結果の結婚は「お幸せに、本当におめでとう」といいたい。

川口能活の笑顔・サッカー雑感2(第20節)

Kawaguchi_3 昨夜は試合後の晴れ晴れとした川口の笑顔を久しぶりに見た。磐田vs清水戦というダービーマッチでランク1位のエスパルに2:1で勝利したのだ。ここしばらくは怪我で不調、W杯には第3GKとして選ばれたものの「既に終わりつつある選手」「使われない選手」「チームのまとめ役に貴重な選出人数を割くのか」という一部の批判の声の中で、あくまで裏方に徹した彼は国際ビッグマッチでの豊富な経験値を活かして見事にその責任を果たした。      思えば96年のアトランタでブラジルを封じたこと、04年のアジアカップでの活躍、特に準々決勝(だったか?)ヨルダン戦での神懸かりのPK止め(これによって勝ち上がりジーコジャパンは優勝)など懐かしい記憶がよみがえる。とくに04年のアジアカップは酷暑の重慶が中心、重慶は日中戦争で「アジアのゲルニカ」となった都市だ。(ジュネーブ協定での{非戦闘員・つまり一般市民を攻撃しない}という決まりを最初に破り、以後、2次大戦は両陣営ともに地獄の無差別空爆へと突き進んだ)当然、現在も反日感情は強く”超満員完全アウェー”の中での勝利だった。(このとき、PK戦途中で宮本キャプテンの申し出による{エンド替え}という劇的ハプニングもあった。)そして06年W杯・グループリーグ・vsオーストラリア戦でのラスト7分での逆転負けで「川口の不用意な飛び出しが敵にゴールを割らせた」と非難されたのは記憶に新しいが、あれで川口を批判するのは間違いだ。                                             長い欧州遍歴から帰り、現在磐田で現役の川口。「守護神」としてこれからも活躍し続けることを期待しています。

                                    

はじまりは「風の丘を越えて」

Photo Photo_2 1990年頃初めて「風の丘を越えて」(原名・西便制ソビョンジェ)を観た。これが韓国映画との衝撃的な出会いとなり、以後次々と手当たり次第に観まくり現在に至っている。「風の丘・・」はパンソリ(韓国の伝統民謡)を謡いながら村から村へ旅する親子3人の旅芸人の物語で、今思い出してもモノクロかと思うほど暗い色調の映像、パンソリに籠められる”恨(ハン)”を極めるために娘(養女)を失明させる父親、途中で逃げ出した弟と出会う姉とのラストシーンでの合奏(歌と太鼓)など鮮明に心に残っている。韓国映画ファンならまず誰もが観た作品だろう。 この映画を作ったキム・グォンテク監督は同じパンソリをミュージカル仕立ての映画「春香伝」にした。こちらは韓国人なら知らぬ人のいない李朝時代の伝説的ラブストーリーで何十回となく映画化され、お芝居になっているそうだ。 毎年選ばれる「ミス・春香」 は「ミス・コリア」と並んで芸能界へ多くのスターを送り込んでいる。(イ・ダヘ、、ソン・ユナなど)    そうそう「チャングムの誓い」のオープニング&エンディングで少女達が歌うテーマミュージックはパンソリをベースに作曲されています。                                                  

韓流にはまる日々(その1)

Photo_6 Photo_5 Photo_3 Photo_2 「冬ソナ」で韓国ドラマに出会い、現在までにおおよそ数十作品のドラマを観るに至っております。「冬ソナ」初めてBS2で観たとき「何なのこれ、少女小説?しかもちんたらちんたらと進行が遅い」と超批判的だったのが2度3度と再放送を観るうちにはまりこみ「春のワルツ」「夏の香り」「秋の童話」も制覇し、ユン・ソクホ監督のワールドにはまりこみました。「難病」「奇想天外な運命の展開」などお決まりの要素でできているもののドラマを彩る「季節の色」の美しさ、こちらが主人公じゃないかと思うほどです。「春・・」の”菜の花の黄色”、「夏・・」の”森や畑の鮮やかな緑色”、「秋・・」の紅葉の山々の黄色や橙色、そして「冬・・」の”一面の雪景色”。観た後も鮮明に記憶に残ります。

サッカー雑感(第19節)

いやいや現在ランク1位の名古屋に川崎が何と4:1で完勝!テセと川島という主戦力を失ってここまでやれたとは驚きだ。ポスト川島のGK相澤の好セーブにジュニオールの攻撃、そして憲剛、稲本の加入による中盤の厚みが勝因だろう。

C大阪の快進撃も家長選手(写真下)の移籍加入によってもたらされた。こうなると同じく調子を上げだしたG大阪とのダービー・マッチが楽しみになって来る。マリノスの俊輔の1アシスト1FKは「ようやく本来の俊輔が帰ってきた」と期待したい。リーグ後半が楽しみだ。

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クリント・イーストウッドは偉大だ

Photo 子どもの頃、TVドラマ「ローハイド」でロディというイケメンのカーボーイをやっていた彼がまさかアメリカを代表するビッグな監督になるとは! 彼の映画は殆ど観たけど最近では「グラントリノ」が良かった。グラントリノとはアメリカ(デトロイト)の自動車産業最盛期の象徴ともいうべきアメ車の名前だとは知らなかった。古き良きアメリカ人の気骨だけは健在な爺ちゃんが隣家のベトナム人家族の少年と(差別意識を超えて)心を通わせあっていくという物語でラストはホロリとして胸が熱くなった。この少年はきっと社会の底辺の貧困のなかでも良き爺ちゃんとの邂逅によってちゃんとした社会人に成長することだろう。                 アンジェリーナ・ジョリー主演の「チェンジリング」は実話をもとにした映画だそうだが、警察のえせ権威に立ち向かうひとりの女性の物語。こちらも商業映画だけれども(警察)社会批判をからませたもの。イーストウッドは映画作りが上手い。

イギリス映画大好き

Photo_4 Photo_3 「フルモンティ」「リトルダンサー」「ブラス」・・懐かしい名作の数々。サッチャー政権の合理化政策、特に炭坑つぶしで国内に大量の失業者があふれた80年代が時代背景です。いずれも廃坑失業者の生活を哀しくもユーモラスに描いている。そしてかのケン・ローチの「スィートセブンティーン」最近では「麦の穂をゆらす風」。70才にしてこのような真摯な姿勢で映画作りができる彼に脱帽です。オムニバス映画「明日へのチケット」3作目も彼の作品。マーク・ ハーマンの「シーズンチケット」とともにサッカーファンなら見逃せない映画です。

チョン・ジヒョンの魅力(SAYA)

Photo_4 「猟奇的な彼女」で一躍ブレイクしたけれど私は イルマーレ」の彼女が好き。少女から脱皮しきれていないのに成熟した大人の顔も併せ持つ不思議な女優。

                     

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