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2010年10月

デンゼル・ワシントンを追いかけた日々(その2)・・・「ペリカン文書」

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マルコムXで俳優としてのキャリアを確立させたデンゼルは翌年(1993)、3つの作品に出演した。「ペリカン文書」「フィラデルフィア」「から騒ぎ」であり、30代後半に入り、野生と知性と何かストイシズムから来るような清潔感を併せ持つ魅力を持つ俳優になった。(先輩のシドニPhoto_5 ー・ポワチエに勝るとも劣らない)前述の3作はそれぞれ彼の魅力全開でミーハファンとしての私の最も愛する作品群である。                                  

*「ペリカン文書」(監督アラン・パクラ)・・一昨年、交通事故で亡くなったアラン・パクラ(東欧系ユダヤ人)は地味な社会派ドラマを最も得意とする監督。「大統領の陰謀」「依頼人」「推定無罪」「ソフィーの選択」「デビル」などそれぞれ取り上げて語りたいほどだが、それは置くとして「ペリカン文書」は原作:ジョン・グリシャム、彼は弁護士として10年のキャリアを積んだあと作家になった人で彼の作品(主として法廷もの)は殆どすべて映画化されている。またこの映画はジュリア・ロバーツが「プリティウーマン」後3年を経てスクリーン復帰したということで話題を呼んだ。 グリシャムの小説は日本でもよく読まれており、私も図書館で借りて呼んだが(文庫本)、原作ではグレー・グランサムは白人記者になっている。しかし敢えてデンゼルをキャスティングしたことはこの映画に重みを与えたと思う。何せデンゼルの持つ独特の知性的な魅力にかなう白人男優はちょっといないから・・。                                              

ものがたり:ワシントンD.C.でふたりの最高裁判事が暗殺されるという事件が起こる。ちょうどその時期、最高裁ではペリカンなど野鳥の生息する広大な湿地帯に石油のパイプラインを通す巨大企業の計画にストップをかける環境団体との訴訟が大詰めを迎えようとしていた。法学生ダービー・ショウ(ジュリア・ロバーツ)はこれらの事件を独自の推理でつなぎ合わせ仮説を立てて論文にまとめる。「大企業によって環境保護派判事が殺されたのだ。」という結論の。・・                                                

この論文を提出された担当教授は面白半分で友人に見せ、次々と人の手を経て大統領府Photo_2 の秘書のもとに行き着く。ダービーの仮説は図星であったばかりか、これには大統領府自体が絡んでいたのだ。(選挙戦の際その企業から巨額の収賄を請けていた)。ダービーはついに大きな権力に追われることになり、教授その他関係者が次々と殺される中で日ごろ信頼を寄せていた「ワシントン・ヘラルド紙」の記者グレー・グランサム(デンゼル・ワシントン)に助けを求める。(アメリカの新聞はほぼ記名記事)・・・                          

いやあ、この映画のデンゼル、最高!。映画はグリシャム原作ものの中で特に出色ということはないが、記者グランサムを見ているだけで満足、だった。その後ダービーは命を狙われながらグランサム記者の協力で事件を暴いていくのだが、ジュリア・ロバーツも法学生に違和感なくラストまで一気に見てしまった。特にデンゼルの登場あたりから映画が盛り上がっていくので。                                                 

追記:映画の中でデンゼルとジュリアのラブシーンは一切なく、ジュリアは「いつ彼とキスやラPhoto_4  ブシーンができるのかとワクワクしてたけどがっかり」といっていた。デンゼルはこの時期、映画中の白人女優とのラブシーンを全て断っていたという。白人男性観客の反感を買いたくないという理由で。しかし実際は黒人女性ファンの反発の方が大きかったようです。どちらの女性からもモテモテ男だったんですね。

最近、毎日のブログがしんどくなってきたので(書くのは好きだけど他のことをする時間を押すので)そろそろ「つれづれに気のむくまま・・」に、出来るだけ短く書くことにします。

デンゼル・ワシントンを追いかけた日々(その1)

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デンゼル・ワシントン、今やアメリカ映画で主役を張れるアフロ・アメリカン俳優のNO.1である。(他にはエディ・マーフィー、ウィル・スミス、モーガン・フリーマンぐらいだろうか。個性的で重要な脇役俳優は沢山いるけれど)私が彼に取り憑かれた?のは「遠い夜明け」(1987・監督リチャード・アッテンボロー)。この映画の製作当時はまだ南アのアパルトヘイトが撤廃されていない時代(1994完全撤廃)で、撮影もすべて隣国のジンバブエで行われた。       

Photo_2 映画は実話にもとづいたもので南アの有力紙であるディリーディスパッチ紙の記者であるドナルド・ウッズがアパルトヘイト撤廃の活動家 スティーヴ・ピコとの交流によって政府から危険人物としてその監視下に置かれ(家族もろとも)、ピコの虐殺後、家族を連れて決死の亡命をはかるまでの2時間40分に及ぶ力作で、亡命先のパリでドナルドが書いた著作を映画化したもので主な登場人物はすべて実在である。(であった。)             

南アでのアパルトヘイトの実態がまだあまり知られていない当時、この映画は大きな反響を呼び”撤廃”を求める国際世論の高まりにに貢献した。私もこの映画でソエト(黒人スラム)の実態、良心的な白人たちもまた迫害され犠牲者となったこと、一家が警察の監視下に置かれる恐怖(こどもまでが)など初めて知った。全ての犠牲者の名前がエンドロールに延々と記され、終わることがないかのように続いたのも記憶している。ピコを演じた、当時殆ど無名だったデンゼルはこの映画でブレイクした。   

Photo_3 2年後の1989年には「グローリー」(南北戦争で戦ったアメリカ最初の黒人部隊・マサチューセッツ第54連隊、激戦地フォートワーグナーの戦いで玉砕)でシドニー・ポワチエ以後初の”アカデミー助演男優賞”を受賞した。しかし「グローリー」についてはデンゼルは超カッコ良かったが映画としては何か抵抗を感じてすっきりしなかった。(製作者の白人目線に?)      








1992年「マルコムX」(監督・スパイク・リー)での主演。デンゼル渾身の1作である。                       

あらすじ:(というより記憶に残っていること。何と3時間22分の長大作なので。)スラムのチンピラヤクザ時代(ちぢれ毛を嫌がりいつもクスリで直毛にし、ダンスが上手く女にだらしなく、ヤク、喧嘩、かつ上げ、傷害などをやっている)から刑務所生活、そこで”NOI(Nation Of Islam)”に出会い、出獄後は熱心な活動家に転身、その後組織への疑問、批判から独自の道を歩み始め、メッカ、アフリカ訪問を機にOAAU(アフロアメリカン統一機構)を作り、全ての人権侵害を受けている人々、組織との連帯を求め、国連にも働きかけるが1965年、演説中に凶弾に39才の短い生涯を終える。長時間を一気に見させる中でも特に強い衝撃を受けたのは                     
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*オープニングのシーン・・1991年のロスで起こった警官による黒人リンチ事件の実写と星条旗の交互のショットにマルコムXの演説が被さり、星条旗がメラメラと燃え始め、火は「マルコムX]というタイトルを残して消える。・・                               

*少年期、牧師だった父が電車でひき殺される。(実際はリンチで殴打されて死んだといわれている。)母は白人(外貌はそうだが、実は祖母が白人に強姦されて生まれた1/2ハーフ)。父死後母も亡くなり家族(幼い兄弟ら)は離散。マルコムは長男だった。         

*キリスト教については「白人が非白人を奴隷にするために利用された宗教」。」本来キリストは黒人だった。」                                                  

*非暴力とは白人が黒人に対して唱えるもので白人には適用されていない。        

*黒人解放のためにはあらゆる手段(暴力を含めて)で闘う権利がある。           

*しかし、彼が組織(NOI)の内部腐敗を批判して去り、メッカを訪れたとき「全ての白人が差別者でない。」ことを知り、「全ての人権侵害と闘う人々との連帯」をめざすようになり、キング牧師にも歩み寄る。(両者の共闘が実現しないままにふたりは暗殺されてしまうが)そして国連への働きかけも、世界世論への呼びかけもするまでに変わっていく。                                 

*ラストの暗殺シーンは実写が多用され、マンデラ大統領がマルコムXの演説の一部をこどPhoto_5 もたちに話す場面が出る。                                                                            

*マルコムX・・のXの意味は「何代か前に奴隷としてアフリカから連行され、イギリス名がつけられたため自らのルーツ名が分からないため。」          

この映画は監督スパイク・リーを始め、「マルコムX自伝」(マルコムとアーサー・ヘーリー共著、アーサー・ヘイリーはテレビドラマ「ルーツ」で知られる黒人作家)、脚色・ジェームズ・ボールドウィン(アメリカを代表する黒人作家。60~70年代に日本でも多くのファンがいた。私も)というアフロ・アメリカンの総力による作品だが、デンゼル・ワシントンという傑出した俳優を得たからこそ実現した映画だと思う。                                 

映画は巷で高い評価を受けながらも同年のアカデミー賞では2部門のみ、それもノミネート(衣装部門賞、主演男優賞)に終わり、スパイク・リーはハリウッドから完全に黙殺された。なおこの時アカデミー賞に輝いた映画は「許されざる者」(クリント・イーストウッド主演・監督)、主演男優賞は「セント・オブ・ウーマン」のアル・パチーノ。これらも見たが「許されざる者」はまさにバリバリハリウッド映画(良くできてはいた)が私は「マルコムX」に軍配を上げる。さらにアル・パチーノ(退役傷病軍人を演じた)は好きな俳優だが、デンゼル・マルコムXよりどう見てもいいとは思えず、「彼にはもっと他に貰うべき良い作品があるだろ」と思った。       

久しぶりに面白いアメリカ映画を見ました・・「インサイド・マン」

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ハリウッド・メジャーの作る映画は面白くなくなっていく一方だが、やはりアメリカは広い。インディーズ系(アンチ・ハリウッド)のスパイク・リー、コーエン兄弟、ジャームッシュらは健在だ。

一昨日の夜、BS2で放送していた「インサイド・マン」は監督スパイク・リー、主演デンゼル・ワシントンという「マルコムX」の盟友コンビによるもので”クライム・サスペンス・ムービー”?Photo_2 ということで「あのスパイク・リーが? 何で?」と思いつつ以前にたまたまTV放送で見たため今回は2度目ということになる。新人脚本家の第1作目で監督が決まらず、紆余曲折を経てスパイク・リーが撮ることになったらしいが、近頃では最もよくできた面白い映画だ。(おそらく白人の監督だったら主演に白人俳優を持ってきたであろう所をデンゼルをキャスティングしたことがすでにこの映画の成功を約束したと思われる。)                     

スパイク・リーといえば「マルコムX」に見られるように社会派(かなり過激な)、直球型作品で、しかもメッセージを全面に押し出さない上手い監督だ。自身もスラムで育ったアフロ・アメリカンで、イヤという程辛酸をなめてここまで来た人、ハーバードで学んだというインテリでもある。エドワード・ノートン(今、注目されている実力派俳優)をして『アメリカ最高の監督のひとりでありながら、スパイク・リーほどそれに値する評価を受けていない人はいない。』といわしめている。                                              

:ストーリー: マンハッタン信託銀行支店が銀行強盗団に襲われ、行員、客ら50人が人質にされるという事件が起こる。急報を受けたNY市警のフレイジャー(デンゼル)と部下ミッチPhoto_3 ェルは犯人グループのダルトン(クライヴ・オーウェン)の「早急にケネディ空港にバスとジャンボジェットを用意しないなら、夜9時以後人質を1時間に1人ずつ殺す」という要求にノラリクラリと時間稼ぎのため応答しつつ時は過ぎてゆく。銀行は警官隊に完全に包囲され突入体勢は盤石だが、たかが?銀行強盗のためにこんな要求はだれも本気で相手にしない。  

しかし犯人グループはとてつもない知能犯だった。フレイジャーたちにマイクごしに聞かせていた銀行内の会話は(だと思っていた)アルメニア語だと気づいたのは離婚した妻が元アルメニア人だという部下のひとPhoto_4 り。彼女を呼び出して確認させると「これは社会主義時代の元大統領の”名演説”で学校で暗唱させられたわ。」 事件の主導権は完全に犯人グループに握られ、主犯ダルトンのマイク越しの声は終始冷静で余裕さえ感じられるのだった。さらに                      
犯人グループは人質を全員、犯人グループと全く同じ格好に着替えさせる。”ジャンプスーツと顔全部を覆う白いマスク姿”に。                                  

一方、銀行のオーナーであるアーサー・ケイスは彼にとってはたかが1支店の騒ぎなのに、非常に動揺し言葉を失う。そして独自に辣腕 弁護士マデリーン(ジョディ・フォスター)に犯人との交渉を依頼・・『貸金庫392に私にとって重要なモノが入っている。』 マデリーンが行内にPhoto_6 入り巨額のカネを示すも決裂、その上ダルトンはフレイジャーたちに他愛のない「クイズ」を出して正答を求めてくる。まるで向こうが時間稼ぎをしているかのように。フレイジャーは何とか事態を打開せんとしてダルトンをさまざまに挑発するが、冷静さを崩さないダルトン。それどころか『行内への突入を実行してもいい。われわれはびくともしない。オレは必ずそのときがきたら(つまり予定している計画上の)堂々と正面玄関から出ていくさ。』                              

老人や病人が次々と解放される一方、とうとう1人目の犠牲者が出る。包囲陣の目の前の窓から見えるところで人質が射殺されるという・・。そして警官隊の突入、同じ格好の人々が一斉になだれ出てくるが犯人グループと行員や客の区別が一切つかずに大騒ぎになる。・・しかもほんとうの完全犯罪はここから始まっていたのだ。・・                     

1度目はわけのわからないシーンやセリフがあり??と思いながら見たが(それでも面白かった)、再度見てようやくパズルが解けるように全てが氷解してすっきりした。この映画、すべPhoto_7 てのシーン、セリフを集中して見ないと面白さが半減する。とくに刑事フレイジャーと主犯ダルトンのやりとり、フレイジャーと他の刑事や捜査官、人質たちの何でもないような会話が、アメリカ社会の一端を切り取るような鋭い風刺やギャグに充ちており、つい吹き出すこともしばしば。人質の中に子どもが1人いて、ゲーム(PSP)に熱中している。銃を撃ちまくりクルマを強奪しヤクを売買するゲーム。「こんなゲームやってるのか。」「うん、銀行強盗は最高ポイント貰えるんだよ。」「こんなゲーム、やめなさい。」には笑った。(写真下) このあたりから犯人グループに対して???が膨らみ始めるのだ。                     
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デンゼル扮するフレイジャーは外見上はだらしのない下品なことも言いまくる中年刑事だが、内面はキレキレ。デンゼルが乗りに乗って演じている。出演者全員(人質も含めて)がNYの縮図ともいうべき構成(さまざまな人種、民族)から成っており、かれらの発するセリフもそれぞれのアイデンティティに富み、さすがスパイク・リーだと唸らされる。さらにフレイジャー、マデリーンらも決して「正義の味方」でないダーティな一面を持っている。(フレイジャーは全くのアンチ・ヒーロー)主犯のダルトンはイギリス人俳優クライヴ・オーウェン(この人のファンです)がはまり役。一見大柄でアクション俳優的だが実はイギリス人俳優特Photo_8 有の品位や知性が感じられるのがダルトン役にぴったりだった。 あと、銀行の会長ケイス役のクリストファー・プラマーはなつかしい「サウンド・オブ・ミュージック」の大佐だった人、ウィレム・デフォーは「プラトーン」以来のお馴染みの俳優で脇のキャストがgood。                 

スパイク・リーの映画作りの手腕に脱帽するとともに、デンゼル(一時、この人を追いかけたファンとしては)の中年太りのすごい存在感に圧倒された。ちなみに(ネタバレはイヤなので少しだけ)この映画の核心は「隠れナチ戦犯の摘発」にあり、人質はひとりも死なず、ダルトンは「堂々と正面玄関から」出ていきました。(^^)                                

今年も「東京国際映画祭」が開かれています

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第23回「東京国際映画祭」が開催されている。(10/23~10/31)これはFIAPF(国際映 画製作者連盟)公認のアジア最大の映画祭であり、アジアの秀れた映画を世界に紹介する大きな役割をはたしている。(もちろん世界中から出品できるが)                                 

今年は尖閣諸島帰属問題の影響や、台湾問題で中国が”ひとつの中国”の立場から要求する「中国台湾」「中華台湾」の表記をめぐり台湾と対立しそのため双方の代表団が欠席するという事態になり少し寂しいPhoto_2 イベントになったそうだが、著名な映画人たちが来日し渋谷、六本木界隈は賑わいを見せている。この映画祭では「アジアの風・部門」というのが設けられており、アジアの映画の発展に力を入れている。(最上の写真:左から根岸吉太郎監督、韓国監督ホ・ジノ氏他)(写真右上:アンバサダー  渡辺杏、木村佳乃さん)                                                            

第1回(1985年)からの最優秀作品受賞リストのうち私の見たのは「息子の告発」(第7回・中国)、「コーリャ・愛のプラハ」(第9回・チェコ)、「アモーレス・ペロス」(第13回・メキシコ)「雪に願うこと」(第18回・日本)の4本でそれぞれに心に残る作品であった。                

今年は新藤兼人監督(98才)「一枚のハガキ」、彼いわく自己の最後の作品ということで「戦争は再びあってはならない」をテーマに大竹しのぶ、豊川悦司らが出演して注目を浴びている。(写真右)                                               

さらに「海炭市叙景」(熊切和嘉監督)。これはは”観光都市・函館ではなく、そこに暮らす普通のひとびとの函館”を描く作品として、函館のミニシアター「シネマ・アイリス」代表の菅原和博さんを中心に市民による”作る会”が自主製作したもので(原作:在函館作家・佐藤泰志・・死去)、南果歩、加瀬亮などが出演し期待されている作品である。(”海炭市(かいたんし)”というのは架空の市だが実際は函館のこと)                              
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ここ数年日本映画の観客動員数が外国映画をしのぐという活況を取り戻しつつあり「フラガール」「おくりびと」など秀作も出てきているが、この活況の原因はヒットしたTVドラマを映画 化し(柳の下のドジョウ狙いの)観客動員をふやそうとする傾向が強まっているとのこと、つまりTV屋さんが映画を作ることが当たり前になっている。このような安直な発想で作られる映画が増えることは決して映画の発展にとってはプラスにならないのではないかと疑問を持つ。あまり日本映画を見ないひと(私)がえらそうに言うのは口幅ったいですが・・・。(写真右:「白夜行」キャストの面々)           

(やはりお見えになりました。「映画祭」のカリスマ、カトリーヌ・ドヌーヴさん「しあわせの雨傘」をひっさげて)                                                                                       

ハリウッド版リメイク映画の増加を憂う・・・「イルマーレ」

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「カネのあるところに才能が集まる」という資本主義の原則どうり、現在アメリカには世界中からさまざまな分野で才能のある人々が集まっている。例えばノーベル賞・自然科学分野についていえば1945年以来現在までの受賞者はアメリカ209名で1位。2位のイギリス49人と比べてダントツに多い。その主たる原因は世界中からの「頭脳の流入」による。二次大戦前後、ナチの迫害を逃れて多くの学者がヨーロッパから流入した事は知られているが(彼らが原爆開発の中心となった)、その後もIT分野ではインドから、化学分野では日本からその他多くの国々から多くの学者がアメリカの研究所、大学に招聘された。彼らにはアメリカ国籍が容易に与えられ、209名中アメリカ人として受賞した学者が多いのである。(2008年度の受賞者である南部陽一郎氏も東大卒業後、国内の大学をいくつか経て渡米し1970年にアメリカ国籍を取り、現在でも1年のうちの数ヶ月は大阪・豊中の自宅で過ごしておられ、この市の名誉市民でもある)このような”アメリカへの頭脳の流出”はひとえにアメリカの学者、研究者への優遇、施設の充実によるもので日本もこの問題をもっと深刻に受け止めねばならないと言われ初めてから既に長い。                           

ところで映画産業に関してはどうかというと、こちらも今やハリウッド映画(ハリウッドのメジャー映画制作会社による)は世界市場を席巻している。ヨーロッパやアジアの優れた監督の多くはハリウッドに引き抜かれ、俳優たちもハリウッド・デビューをめざす。ハリウッド映画は巨 額の制作費を出し、世界市場の綿密なマーケットリサーチを行い、全ての国、民族に歓迎されてヒットする映画(商品)を作ろうとする。(リスクを最小に抑えて)さらに世界各地のめぼしい作品の脚本、製作権を買い占め、ハリウッド映画として装いを新たに公開している。  

日本でも早くから手塚アニメの剽窃(「ライオンキング」)などがあったが、その後ジャパニーズ・ホラーもののリメイク、「荒野の七人」、」、「シャル・ウィ・ダンス?」「HACHI」などは記憶に新しく、最近では「忠臣蔵」のハリウッド版が作られるという話まで聞く。           

Photo_6 韓国映画では「イルマーレ(時越愛)」が「The Lake House」となり(キアヌ・リーヴズとサンドラ・ブロック出演)公開され、さらに香港”ヌーベル・ノワール”の代表作「インファナル・アフェア(無限序曲)」が「ディパーテッド」としてリメイクされ大ヒットした。そしてアメリカ人のみならず世界の映画ファンは余程のコアなファンでない限り、オリジナル映画の存在などは全く知らず「ハリウッド(オリジナル)映画」であることを疑いもせず楽しむのである。韓国映画「イルマーレ」のコアなファンである私は、好奇心でPhoto_7 アメリカ版「イルマーレ」を見たが、あまりのハリウッド的ベタベタさと色調の派手さにウンザリして途中で見るのを止めてしまった。   

「ディパーテッド」については監督マーティン・スコセッシはともかく、出演・マット・ディモン、レナード・ディカプリオと聞いて既に見る気を失った。(どちらがトニー・レオン、アンディ・ラウ役になっているのか知らないが)オリジナルとリメイクは全く別の映画だと割り切ればそれはそれとして面白いのかもしれないが、やはり比べてしまうのが人情で「イルマーレ(レイクハウス)」はオリジナルの抒情と静寂からはほど遠く、中年太りのサンドラ・ブロックはチョン・ジヒョンに及ぶべくもなかった。               

ハリウッドは世界中から優れた監督、俳優、脚本家etcを集めているのにどうしてオリジナルの秀作を作らないのだろう。マイナーな国々の秀作をカネで踏みにじるのだろう。その理由のひとつが、制作会社の「儲かる商品としての映画作り」という徹底しPhoto_8 たコンセプトにある。そのために「1から10まで説明しすぎるストーリー、ベタなハッピーエン ド」に象徴されるステレオタイプの作品が作られることになる。優れた脚本でも大衆的(最大公約数)ヒットが予測されない限り採用されないだろうし、折角の素晴らしいストーリー展開、ラストシーンも経営者のひと声でいくらでも変えられる。そういう横暴に耐えられない監督やプロデューサー、脚本家はハリウッドを去らねばならない。黒澤明は映画制作中にクビになり、在欧時代は優れた作品を輩出したラッセ・ハルストレムも、アン・リーですら台湾時代の「恋人たちの食卓」を越える映画を作っていない。(私の独断で言わしてもらうと)リュック・ベッソンやスコット・ヒックスに至ってはむしろレベルダウンしていPhoto_9 るようにしか思われない。  

サンダンス国際映画祭(若い映画人の登竜門)に顔を出したデンゼル・ワシントンが「ハリウッドには魅力的な制作企画がない」とこぼしていた。現在、ハリウッド映画から遠ざかるファンが年々増えつつあるという。ハリウッド・メジャーによる世界制覇が崩れ、世界各地で、多様な文化を背景に多様な秀作が生まれるのを(現在そうなりつつある)ファンとして期待している。                                                    

追記:最近ハリウッド映画離れは世界的な現象で、各国で秀れた映画が生み出されている。「善き人のためのソナタ」(写真下)「グッバイ・レーニPhoto_10 ン」「ヒトラー最後の10日間」(独)、「麦の穂を揺らす風」「リトルダンサー」「クィーン」「ゴスフォード・パーク」(英)、「ニューシネマ・パラダイス」「イル・ポスティーノ」「ライフ イズ ビュティフル」(伊)、その他南米、スペイン、アジアなどでも。また「スラム・ドッグ・ミリオネア」(2009アカデミー最優秀賞)「The Che」(カンヌ同賞)などはアメリカ資本で作られているが、製作はインド、メキシコで行われ「The Che」はゲバラを演じたベネチオ・デル・トロを始めキャスティングはほぼヒスパニック系俳優で占められている。

韓流にはまる日々(その13)・・・マンガを読む気分?「フルハウス」

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このドラマ(ミニシリーズ・16話完結)は放映された2004年最高視聴率40%を越え、その後アジア諸国(中国、タイ、フィリピン、ベトナム、台湾etc)でも大ヒットし、主人公を演じたソン・ヘギョとピ(レイン)の人気はアジアで不動のものとなった。・・ということで気楽にマンガでも読むつもりで(マンガは読まないのですが)見はじめた。実際、ドラマは韓国でヒットした少女漫画が原作で、ヒロインのジウンは背が高い女性に描かれているのに、ドラマでジウンをやるヘギョは小柄(というより1m60c前後でスターの中ではかなり低い)であるため、読者からだいぶブーイングを浴びたキャスティングだったそうである。                                              

ものがたり:ソウル郊外の湖のほとりにポツンと立っているガラス張りの家にひとり住むジウ ンは両親を事故で失い、今は家にこもってネット小説などを書き、いずれは小説家か脚本Photo_6 家になりたいという願いを持っている。中学以来の仲良しであるドンウクとヒジンは親に認められない結婚をして、屋根部屋を借りて金欠生活をしている。ある日、ジウンはフルハウスを突然失う羽目になる。親友のドンウク夫妻が借金に困って売り払ってしまったために・・。ひどい親友だが、この後も、のこのこと登場してジウンと付き合うのが不思議 。       

ジウンは家から追い出されて新しい家主が住み始めるが、ジウンにとっては「父の形見の家・・父が設計して”愛にあふれた家→フルハウス”と名づけた家である。彼女は途方に暮れつつ門のそばのベンチで野宿し、家から離れようとしない。新家主は今をときめく人気スターのヨンジェssi(ピ)、邪険に追い払っても立ち去らないジウンに根負けし(風邪で高熱まで出されて)、とうとう「家政婦」として家に置くことになる。                         

このヨンジェ、大変なきれい好きで、徹底的に家の掃除をさせるわ、大きなガラス窓をシミひとつないまでに磨かせるわで、ずぼらなジウンにはきびしい家政婦業である。ここで話が急展開、実はヨンジェが幼なじみのヘゥオンにプロポーズして振られたはずみで(悔しさで)、ジウンとの結婚をいきなり公表し、結婚式や新婚旅行まで勝手にしてしまうのである。(ジウンの同意なしに)そしてジウンには「これは契約結婚で実態は従来の家政婦の仕事をすること」「メディアや家族、友人にも絶対悟られないこと」を約束させ、契約期間2年、同居の決まPhoto_7 りなどをコマゴマと記した契約書まで交わさせる。ここからふたりの奇妙な結婚生活が始まる。                         

ヨンジェは元々医大卒で(医師である父の期待に応えて)、その後芸能界に入り成功したという変わり種で、怒った父や実家とは疎遠であるが「正式な挨拶にも来ない」と祖母からなじられ、やむなく新妻を連れて実家に出向く。(この実家はソウル郊外の新しい高級住宅地として有名なイルサン(入山)にある。)ところがジウンは両親や祖母から思いがけなく気に入られ、とりわけ気難しいハルモニにしょっちゅう呼びつけられてそのお相手をする。ジウンPhoto_13  は料理も家事も何もできず「歌でも歌ってみて」と請われて「コムセマリガ、ハンチベイッソ・・3匹のクマがひとつ屋根の下に住んでいて・・」(日本で言えば「結んで開いて」のような誰でも知っている幼児のうた)などを歌い出すほど世間から外れたひと・・。それが返ってオモニ(姑)にも気に入られ、3人で美術展に言ったり花札をしたり、お泊まりまでしたり。                      

一方ヨンジェは相変わらずヘゥオンに振り回され、呼び出したジウンを何度も置き去りにしたり悲しい思いをさせる。ところがここにメディア 企業のトップである切れ者のミニョク(キム・ソンス)が現れ、ジウンに本気で言いより始め・・ヨンジェも次第にジウンの魅力に気づき始め・・事態は複雑に展開し、とうとう実家にも偽りの結婚がばれて・・。                    

韓国ドラマお決まりの「契約結婚」「4人の男女の行き違い」などをふんだんに盛り込んで話は進んでいく。私はこのドラマでピを初めて見たのだが、決してイケメンではないがモテモテ男の魅力はよくわかった。ソン・ヘギョは「整形をしていない完璧な美女」で若手のトップスターの地位を確立しているが、今後果たして大人の女性を演じるまでに成長できるだろうかと少し懸念される。今まで見たドラマは(「秋の童話」「オール・イン」「ホテリア」「彼らが生きる世界」)全て少女の域をでていないが、薄幸の少女役の「秋の童話」が一番良かった。モノガタリはさまざまな紆余曲折を経て「ハッピーエンド→契約から真の結婚へ」で終わる。他愛ないと思いながらも、楽しく見せて貰ったドラマです。                         

Photo_10 なお、舞台となる「フルハウス」は10億ウォンかけて実際に作られたもので、現在も「ロケ地巡りツアー」のスポットになっているそうです。Photo_12 

Jリーグ・第27節・・・「クラブが育成した選手たちの活躍」

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Jリーグもいよいよ残りわずかになり、上位争いや下位の1部残留をかけての争いが熾烈になってきている。名古屋グランパスのダントツ1位は置くとして、鹿島とG大阪が同点2位、つづくセレッソ大阪が4位をキープしている。G大阪はベテランの遠藤を代表のために欠きながらも、いつのまにか3位に付けてきたのはガンバ・ユースで育った若い選手たち(宇佐見、平井、佐々木、中沢、安田等)の活躍が大きい。                                                         

プロ野球が選手育成を学校や実業団に丸 投げにし各球団が1、2部しか持たないのに対し
Jリーグは創立当初から各クラブに「選手育成」を義務づけてきた。少年(小学生)→ジュニアユース→シニアと年代カテゴリごとにチームを持ち、トップチームへの選手の供給を行っている。中でもガンバ大阪は「ユースからの昇格でチームを底上げする基本方針」を重視してきており、多くの優れた選手を自前で育ててきた。東の浦和、西のガンバと比較されることが多い両チームだが、浦和が潤沢な資金で次々と大型補強(他チームからの引き抜きで)を行うことによりチームを強化してきたのと対照的である。                  

大型補強するための潤沢な資金がガンバにないという事情もあるが、それでも今期のガンバ3位は浦和9位を凌いでいる。クラブの収入源の大半は広告料、入場料、Jリーグからの分配金であり(Jの場合、TV放映料はJFAが一括して受け取り、各クラブに配分)浦和の年間収入は70億で1位、ガンバは33億である。しかし実益を見るとガンバの方が2.4億多いのである。(JFAは各クラブの会計報告・公開を義務づけている。)             

このように大型選手の引き抜きだけでチームが強くはならないことはプロ野球を見ても明らかである。下部組織の充実は都市部のクラブだからこそという面もあるが、例えばアルビレPhoto_8 ックス新潟などが「地域スポーツの振興」を目標に地域、地元産業、自治体あげて育て上げ、サッカーのみならずバスケ、バレーなど他のスポーツの育成もともに行い(これらのチームもすべてアルビレックスを名乗る)、Jクラブの中では特にスター選手もいないのに浦和に次いで観客動員数第2位につけている例もある。バイクで暴走することでしか鬱憤を晴らせなかった地方の若者たちをスタジアムに呼び寄せるという「青少年の育成」にも役立っているということである。JFAの掲げる「サッカー産業のみならず地域のスポーツ振興のための役割」を果たしているわけだ。                                                 

話がこんがらかってきたが、最近とみに他クラブからの大型戦力補強が横行し始めている感が否めない(やはり勝たなければならないということで)中で、「欧州のようにカネまみれでないJリーグ・・「オシム語録」」であり続けて欲しいと思う。                      

追記: ヨーロッパリーグの最近の移籍市場はとどまる事を知らない移籍金高騰が続いている。代表例がスペインリーグ(リーガ・エスパニヨーラ)のレアル・マドリードによるスター選手の買いあさり。去年イングランドプレミアリーグ・マンチェスターUからレアルに移籍したクリスチャーノ・ロナウドの移籍金(レアルがマンUに払う)は史上最高額の129億(円)に達した。レアル・マドリはPhoto_3 これまでにベッカム、ジダン、ロナウド、カカ(最近ではルーニー取りでごたついたが失敗)など花形選手を集め、今期から名将モーリーニョを招聘して「新・銀河系軍団」と称されている(「世界一カネのあるチーム」とも)。スター選手を呼べば数年でモトが取れるという。(広告料やグッズで)      

ヨーロッパでの選手移籍のルールは① 契約期限の終了した選手の移籍は当人の希望による。② EUの労働規約をプロサッカー選手にも適用する。(つまりボーダレス)      となっており(2000年・ボスマン判決による)、さらに昨今のサッカー放映料の急騰による”サッカーバブル”の到来で移籍金の高騰が進んだのだ。(さらに選手の多国籍化、若手選手の青田刈りなども)              

昨年、マンUのリーグ戦(対戦チームは忘れた)で両チームのスタメン全員が外国人であったことがイングランドで大きな問題になった。さらにカネのないクラブとの格差が広がるに連れ、ヨーロッパのサッカー界全般がファン離れを起こして衰退する危険性も言われはじめている。
FIFAもようやく何らかの規制をかける動きを始めているがまだ現実化されていない。    

最後に世界でもっともサッカー関係者、サッカーファンから敬意を表され「理想のクラブ、クラブ以上の存在」と言われているFCバルセロナ(通称バルサ)。オーナー企業も経営者もいない、世界中にいる”ソシオ”(会員)15万人の会費で基本的に経営を行い(もちろん現実は放映料などあり)会長はソシオの選挙で選ばれ、理事会がクラブを委託されて民主的に運営されている。非営利組織として認められており、ユニフォームにはスポンサーロゴは入れずユニセフ(国連児童基金)のマークを入れている。(年間約2億の寄付をしている。クラブの経営状況、会計はすべてソシオに報告されている。)その他、国連のエイズ撲滅プロジェクトなどにさまざまな支援も行っている。「カンテラ」と呼ばれる下部組織が非常に発達しており、幾多の名選手を輩出していて「カンテラ」出身の選手はサポーターから特別の敬意、愛着を受けている。(メッシも)さらに「地域振興」のためにラグビー、バスケ、野球など10近いスポーツチームを有し、地元カタルーニャとの密着性は非常に強くユニフォームにはかってのカタルーニャ王国のロゴも入っている。                                  

このバルサと因縁のライバルであるレアル・マドリードとの間の選手移籍は「禁断の移籍」といわれ、さらに両チームの対戦はエル・クラシコと呼ばれて100年に及ぶスペイン最大の熱い対決である。これにに勝つ為にも、バルサは「大型補強もやむを得ず、カネまみれの移籍市場に参入」せなばならないという状況に追い込まれているようで、世界のバルサ・ファンを心配させている。(写真下・バルサのホーム:カンプノウスタジアム)Photo_9                                                     

2006年FIFAチャンピオンズリーグ頂上決戦でバルサがインテルナシオナル(ブラジル)に敗  れたとき(埼スタで)、泣き出した日本人少年がスペイン紙に掲載されるとともにバルサ会長の「あなたを探しています」のメッセージが発信されました。すぐに見つかったそうで彼は春休みにバルサの本拠地・カンプノウ・スタジアムに招待されました。(お母さんがソシオだとのこと。日本には4000人のソシオがいるそうです。)

スポーツと暴力・・しごきや体罰には「いかなる正当性も存在しない」ということ

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10月9日付・毎日新聞夕刊のスポーツ欄に載ったコラム「平尾剛の身体観測」。以下、その記事を転載させて頂く。                                  

「電話口で耳を疑った。まさかそこまですることはないだろうと思っていたからだ。でもこの見 通しは甘かった。・・・・事件はある中学のバレーボール部で起きた。優勝を目指してきたその中学は、惜しくも準優勝で終わる。目標に届かなかったにしても準優勝なら胸を張ってよい成績であろう。にもかかわらず2位という成績を不服とした顧問は表彰式後に生徒たちの目の前で賞状を破いたのだという。決勝戦は迫り来る重圧に負けてミスも多く、本来の力が出せずに終わったらしい。顧問としてはそれを歯がゆく感じたのだろうが、やっていいことと悪いことがある。生徒だけでなく主催者側や対戦相手にも非礼にあたる、人としてとがめられて然るべき行為である。以前にこの中学の練習を見学したが必死に声を張りあげる生徒たちに笑顔はなかった。スポーツは楽しいもののはずなのに、悲壮感すら漂わせながらボールに食らいつく姿は見ていて痛々しかった。顧問が一声かけるとその周囲を囲むように集合するのが決まり事らしく、まるで磁石に吸い付けられる砂鉄のように生徒たちは駆け寄る。少しでも遅れたらやり直し。だからいつ声がかかるのか、練習中はずっと気が気でない。あれでは集中してプレーすることなど到底できそうにない。心身を極限まで追い込み、その苦しみを乗り越えさせれば潜在能力は開花する。しかしこれは兵士を訓練する方法になぞらえたもの。失うものは計り知れず、行き過ぎればただ苦しみを押しつけるだけの指導になり下がる。これまでのやり方を繰り返すだけで自らを省みない指導者は、早急にご退場願いたいと思う。」 この記事を読んで改めて背筋が寒くなった。学校という場所で「教育」の名のもとにこんなことが行われていることに愕然として。おそらくこういう顧問は全国に山ほどいるだろうし、周囲も心の中で批判はしても目をつぶっているのだろう。記事で浮かび上がった私なりの問題点を2つあげると、                                         

① 準優勝を良しとしなかった顧問が賞状を破りすてた行為。平尾氏も指摘されているように”人として咎められてしかるべき行為”。1位からビリまで出る大会でそれぞれ日頃懸命に頑張ってきた全ての生徒たちをを冒涜する行為である。私も北京オリンピックの際、銀メダPhoto_2 ルを得た柔道の女子選手(名前は失念)が報道陣に向かって「金以外は何の値打ちもない。」と吐き捨てた言葉にあ然とした記憶がある。彼女が金メダル候補だったため、期待された結果を出せず強がりで言ったのかも知れないが、「じゃあ、銅メダル以下の選手達はどうなるの?スポーツマンだったら彼らへのリスペクトがあって当然でしょ。あなたはスポーツマンの資格ないよ。そんなに悔しかったら百歩ゆずっても心の中で言っとけ。」と思ったことがあった。                                                  

② この顧問は自己の名誉と自己満足(権力を行使できる)のためにクラブを私物化している。つまり生徒たちは顧問の奴隷にされているのだ。そして「教育」の名のもとにそれが許されている。おそらくここまで生徒たちを従わせるために日常的なしごき、体罰(またはそれに等しい恐怖政治)が行われていることは容易に推測できる。さらにこのような状況は、”生徒間の上下絶対服従、いじめ、クラブ抜け(退部)禁止”などを生む。”暴力の再生産”として成長した選手の中には指導者になって再びこのような行為を繰り返すこともある。さらにオシムさんの言葉を借りれば「日本の選手たちはミスを恐れすぎてチャレンジしない。おそらく学校教育の影響だと思うが。」 自主性、克己心は自らゆっくり獲得していくもの。体罰ではかりに即効性はあるとしても、それらを失うスピードも速いだろう。

スポーツ部での生徒間、教師のしごき、暴力行為は今だに後を絶たないどころか、社会の荒みに比例して増加しているようである。最近ではプロ野球・西武コーチの大久保某がファームの選手たちに日常的に暴力、恫喝を行っていたことが選手会からの球団への抗議によって明らかになるということもあった。コーチどころか名監督と呼ばれている人々の中にも暴力を振るう人もいるとか。ましてや「強くなるためには当たり前のこと、指導者の熱心な証拠」と体罰、暴力を肯定する世論も今だ根強い。                             

このコラムを書いた平尾氏(現親和女子大講師)は元神戸製鋼のラガーマンで、当時から神 戸製鋼ラグビー部は先輩らによるしごきや体罰が一切ないクラブであることを標榜していた。史上輝かしい記録70連勝を打ち立てた時代ですら。最近「スポーツ科学」分野がようやく日本の大学でも広がってきており、研究者(元アスリートだった人々も多い)たちの意見をあちこちで見聞きする機会が増えた。アメリカやヨーロッパではすでに確立しているスポーツ科学では「スポーツが強くなり進歩することと暴力、体罰は全く関連性がない。」「かりに即効的に効果が上がっても、その効果は持続しない」「体罰を加えるのは言葉で納得させられない指導者の未熟さを表す以外の何物でもない」。アメリカに留学しているある青年の話「アメリカの生徒たちはコーチに大きな信頼と尊敬を寄せています。選手は自分の意見をぶつける環境と能力を持ち、頻繁に意見交換します。コーチに威厳を感じても恐怖は感じていません。」

最後に元プロ野球選手の桑田真澄氏は早稲田大学の大学院・修士を去年終了されたがその修士論文は最優秀論文として評価された。彼いわく「小学校から練習中に殴られない日はなかった。・・・しごきや体罰によるのではなく(日本の育成の伝統の良い点も残しながら)スポーツの進歩のノウハウを学問として研究し、理論的に分析して、現場の意識改革にもk貢献していきたい。」(そういう意味のこと)を述べている。スポーツの明るい未来を感じた。

スポーツ音痴の「スポーツ雑感」・・TVニュース・新聞スポーツ記事のあれこれを読んで

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スポーツ音痴だけれどメディアを賑わすスポーツは一応チェックしている(TV、新聞で)ごく普通のひとの最近の雑感をいくつか書いてみます。                         

* パ・リーグ・ロッテの日本シリーズ進出が決まり、現在中日vs巨人戦が行われている。プロ野球にはとことん疎い私だが、つねづねこのクライマックス・シリーズ(CS)には?を抱いていた。CSについては世間では賛否両論が激しく対立しており、どちらにも理がある一方どちらにもデメリットがある。私(ブログ主)はCSには反対、従来の日本シリーズが面白くなくなったという理由で。(というかタイトルに重みがなくなり中途半端になってしまっている。)    

ペナントレース144戦戦い、首位になったチームどうしの日本シリーズは「日本一」争いという点で大きな意味があった。(たとえ、ワンサイドゲームに終わろうとも)しかし、仮に今年巨人が勝って3位どうしの争いになる日本シリーズはやはり「見たい」というモチベーションが低くなるのは熱狂的なファンでない限り仕方がないことではなかろうか。アメリカのように30チームあり6区に分かれて勝ち上がってきたCSとはわけが違う。もちろん、シーズン最後の白ける消化試合、興行上の利益の問題などを無視するわけではないが、首位チームに少々アドバンテジをつけても日本シリーズ観戦のモチベーション低下は回復しない。          

リーグ首位だったソフトバンクはこれで何度煮え湯を飲んだことだろうか。どのチームにも起 こりうる「お互い様」なことだろうし、ロッテの熱いチャレンジは評価するし(西岡の執念や俊介の健闘ぶりに特に)、個人的に中日の監督は「山井事件」などもありあまり好きな人ではないのだがこれは又別の問題。他にいい解決策はないのかと思う。                           

* フィギュア世界GPシリーズ、やはりここのところ不調だった真央がジャンプ失敗で8位に   なってしまった。バンクーバーではキム・ヨナに敗れたが、キム・ヨナにはないスピード、3回 転半のジャンプが武器である上に細身の彼女の華麗かつストイシズムすら感じさせる演技は高く評価してきただけに(ブログ主が)早く本来の調子に戻って欲しいと願うばかりだ。  

                                                          
村上 佳菜子はポスト・真央といわれるだけに躍動感、若さのあふれる素晴らしい演技。彼女は去年、世界ジュニア選手権で優勝している実力の持ち主です。               

なお同じ選手権・男子で優勝した羽生結弦(はにゅう・ゆずる)くんも期待の星である。(写真最下)

最後に何といっても高橋大輔は現在おそらく世界最高のプレーヤーだろう。バンクーバーの前年、右膝靭帯断裂という大怪我、手術。再びリンクに上がれないとまで落ち込みながら見事銅メダルに輝いた。この時金メダルをとったライサチェクが完璧に滑りながPhoto_5 らも4回転がなかったことに対して2位のプルシェンコが「男子で4回転なしなどありえない」と激しく抗議した時、怪我上がりなのに4回転にチャレンジした大輔君(転倒したが)を称賛したのは記憶に新しい。大輔くんはその直後に開かれた「世界フィギュア選手権」で何なく(と見えるほど素晴らしい)4回転フリップ(これはスケート史上彼が最初)を決めた上、イタリア映画「道」のテーマ曲・ジェルソミーナで芸術的にも最高の素晴らしいパフォーマンスを見せて観客を魅了した。明日からの男子フィギュア、とても楽しみです。

「映画の中の青春」(その3)・・・「Love Letter」

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岩井俊二監督の「6月の・・・」のあと『ついでにこちらも見てみたらと』と薦められて見た久しぶりの(というより殆ど見ない)現代モノ青春・日本映画である。ところがこれがなかなか良かった。主人公(2役)の中山美穂はTVのCMで時々見て知っていたが、彼女の中学生時代を演じた酒井美紀は初見。少しプライドが高く、外見よりも勝気な少女を魅力的に演じている。(本人の素の顔かも?)                                         

ものがたり:神戸に住む渡辺博子(中山)は3年前に恋人を冬山の遭難で亡くし、現在は死んだ彼の友人と恋仲になっているものの元カレのことがなかなか忘れられない。そんなある日、三回忌の法要に亡き恋人の実家を訪れた際彼の中学時代の古い卒業アルバムを見つけ、記載されていた小樽に住んでいた頃の彼の住所を探し出し、その住所宛に手紙を出Photo_2 す。「拝啓 藤井樹(いつき)様、お元気ですか。私は元気です。」ところが驚いたことに「私は風邪を引いています。藤井樹 」という返事が数日後に届く。樹の母に聞くと「小樽に住んでいた頃の家は今は道路になってしまって無くなっている筈よ。」・・・                              

この後、博子は謎のまま小樽の藤井樹あてに何度か手紙のやり取りをし、とうとう現恋人に促されてふたりで小樽に向かう。やはり元の家は道路になっており、出身中学に出かけて調べてもらうと、ようやく謎が解ける。同じクラ Photo_3 スにもうひとり同姓同名の「藤井樹」がいたのだ、しかも女の子の・・。博子の出した手紙はこちらの樹(中山2役)に届いていたということなのだ。郵便配達の青年が藤井樹と知り合いで彼女に気があったため、何の疑いもなく住所を確かめもせず女性の樹さんの家に配達していたのだ。                   

博子は結局樹さんの家まで行くのだが会う勇気がなくて神戸に帰るのだが、事の次第が明らかになるにつれて博子は自分が小樽の藤井樹の容姿に酷似している(他人から間違えられるくらい)ことを知る。そして小樽の彼女に彼の死を伏せたまま 『私の知らない中学時代の彼を教えて。』と頼む。           

おとなしい性格の博子に対して小樽の樹は活発で、現在は市の図書館で働いている。博子の願いに応えて樹は中学時代、同じクラスだった樹くんの事を思い出の中からたぐり寄せ始める。・・・・                                        

『アイツと同じクラスでどれだけ迷惑したか、事あるごとに皆にからかわれて・・名簿順にあたPhoto_14 る日直も一緒だったし、とうとう 図書委員にふたりして当てられてしまったこと。放課後の図書館で 彼はだれも借りないむずかしい本を次々に借りていたこと。・・彼に想いをよせる友だちに仲介を頼まれて、彼に「付き合ってやって」というが拒否され「誰か好きな人いるの?」「いねえよ、そんヤツ」といって乱暴にドアを閉めて出ていかれたこと。・・・あるとき、29点というとんでもない悪いPhoto_8 英語のテストが戻




ってきて(樹くんのが間違われて) 自転車置き場で彼を待って取り戻そうとするうちに暗くなり、答案用紙を見比べながらゆっくり答えあわせをする樹くんに怒り心頭だったこと。(自転車の灯のため車輪をぐるぐる回させられて)・・                                             

樹さんのお父さんが肺炎で急死して学校を何日か休んでいる間 に樹くんが転校してしまったこと。だけど、喪中の家にやってきて「本をPhoto_13 返すのを忘れたから返しといて」と頼まれたこと。(何とその本は「失われた時を求めて」)さらに博子に頼まれて中学校の写真を撮りに行った日、樹さんは初めて先生から「神戸の樹クンが3年前に亡くなった」ことを聞かされる。                  

博子と樹の馴れ初めは美大の展覧会(樹は卒業後、美術の先生をしていた)で紹介され、2度目の出会いでプロポーズされたのだ。『渡辺さんはひと目惚れって信じますか?』と。ようやく博子は全てを理解する。樹は博子に忘れられない樹さんの面影を追っていたのだと。『信じていたのにだまされました、あたし。樹さんに似ていたから・・許せない 』とすでにいない樹くんへの恨みをぶつける。『だからどうだPhoto_15 っていうの』と慰める樹の母。(加賀まりこさんがいい。なおこの映画の母ふたりとも良かった。小樽の樹さんの母さんは范文雀さん)   

博子の恋人・秋葉は博子に心の決着をつけさせる為に樹が遭難 した山に彼女を連れていく。遥かな尾根に向かって博子は叫ぶ。『 お元気ですかあ・・ 私は元気です』 。      

小樽の樹は母校の図書館の後輩たちが「藤井樹ゲーム」をしていることを聞かされる。(だれも借りないような)おびただしい数の本のカードに書かれている「藤井樹」探しの・・。(樹くんは自分の名前でなく想いを寄せる樹さんの名前を書いていたのですね。)  

ラスト、後輩たちが一枚の図書カードを持って訪ねてきてくれる。それは葬儀の日に預かったあの本「失われた時を求めて」、カードの裏には樹さんの似顔絵が描かれていた。彼の想いがようやく樹さんに届いたのだ。そのとき、彼はもうこの世にいなかったのに・・。                 

この映画は韓国、中国で大ヒットし、小樽へのツアーがブームになるほどだったそうです。いつだったかイ・ビョンホン氏は『中山美穂さんが日本の女優の中で一番好き』 と言っていたし チェ・ジウもスタジオで『お元気ですかあ・・』 と叫んでみせていました。心温まるけれど切ない初恋Photo_9 の映画です。Photo_12     

「6月の勝利の歌を忘れない」・・・2002年W杯・日韓大会の想い出

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今日も雨模様の暗い日。本棚の片隅にぽつんと立ててあったグリーンのビデオテープのケース。「日韓共催ワールドカップの記録「6月の勝利のうたを忘れない・・日本代表、真実の三十日間ドキュメント」である。これはJFA(日本サッカー協会)が公式記録として作成したものを、”あの激動の1ヶ月を日本サッカーの歴史的映像の記録”としてサッカーファンにも共有してほしいとビデオ・リリースしたものだ。映画監督の岩井俊二が編集・監督したものだけに見応えのあるドキュメンタリーに仕上がっている。                           

日本代表の最終キャンプ地となった静岡のホテル”ガーデン・北の丸”での日々から最終戦Photo_2 である対トルコ戦敗戦までの密着取材から成っており、キャンプ地での毎日、試合前後、ハーフタイムのロッカールームでの詳細など「ここまで見せてくれるか」というほど貴重なフィルムである。                     

練習の間のつかのまのひとときにくつろぐ選手たち、バーベキュー大会、プールサイドではしゃぎすぎて水に突き落とされる選手、散歩中にこっそり監督の悪口をいうゴン「あいつ・・クソッ」。思わず吹き出してしまう。コーチだった山本昌邦氏の回顧録を読むとトルシェという人はかなりの奇人で、みんなを連れて散歩している途中、いきなり地面に図を書き出して延々と1時間も話し出す。毎日のミーティングも多い。(おそらくみんなウンザリしたことでしょう。)しかし、生意気な?松田(マリノス)と口げ  んかになっても、後ケロっと忘れて根に持たない性格でもあったようです。(ガンバの西野監督など口答え(でなく意見をいったヒデを最後まで冷遇した?のに対し)            この大会ではいろいろなハプニングもあった。秋田、ゴンなどベテランの選出、直前での俊輔外しなどのサプライズに加えて、高原の”エコノミー症候群”による欠場など。       

Photo_4 そして運命の第一戦、6月4日対ベルギー戦での鈴木のゴールは私にとっても生涯忘れら れないモノとなった。あのゴールがなければ日本のグループリーグでの勝ち上がりはまず無かったのでないだろうか。W杯初の勝ち点1を取った緒戦になった。(スコア2:2・・稲本がその後67分でゴール)               

この戦いで森岡が負傷し替わってCBに出た宮本が以後躍進し、サッカーファンのみならずギャルのアイドルになったのは記憶に新しい。


カメラはハーフタイムのロッカールームでの様子を映し出している。ユニフォームを脱ぐと全身アザだらけの選手たち、なにかしゃべりまくるトルシェ・・。第二戦のロシアには前半5分で再び稲本が上げたゴールを守り抜き1:0で勝利。第三戦は大阪の長居スタジアム、ホームでの森島(C大阪)のゴールだった。悲願の決勝トーナメントに勝ち上がった日本代表はここでトルコに1:0で敗退した。           

この後代表団の解散で、記録映画は終わるがこの間2時間、ナレーションは一切なし、映像に付随している登場人物たちの声と、サッカー試合で世界的におなじみの「凱旋行進曲」(オペラ・アイーダ)・トランペット のみ。ああ、あれからもう8年経ったのかと(私自身に起こったあれこれが思い出されて)感傷的になる作品である。                    Photo_7   

ベルギー戦のスタメン。左前から松田、柳沢、稲本、小野、ヒデ。後方左から戸田、市川、鈴木、中田浩二、森岡、楢崎・・・(間違ってるかも?ほぼ覚えていました。(^^))

ペドロ・アルモドバルの描く強い女たち・・「ボルベール・帰郷」

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今日はどんよりと曇ったうっとうしいお天気、心まで落ち込んでしまうので”強い女たち”を取りあげました。「ボルベール・帰郷」(2006スペイン映画:監督ペドロ・アルモドバル)       

バルセロナに住むライムンダは失業中のぐうたら夫と娘パウラとの3人暮らし。懸命に働きPhoto_5 ながら家計を支えているが、ある日とんでもない事件が起こる。故郷の一人暮らしの伯母が亡くなったとの知らせ(呆けかけていた高齢の伯母に何度も同居をもちかけても応じなかった)、帰郷するために大急ぎで帰宅すると今度はもっと大きな事件が・・。娘が父(義理の)に乱暴されそうになり、包丁で彼を殺してしまったという。ライムンダは夫の死体を元レストランだった隣の空き家の大きな冷蔵庫に隠し、家中の血を洗い事件を隠蔽する。そこへ飛び込んできた男性が「映画のロケ隊の昼食50人分?(ともかく多人数)2日間作ってくれと依頼してきたのに応じて、ひとまず葬儀を妹(無認可で美容室を自宅で開業)にまかせ、友達を雇い、夫の死体を入れた冷蔵庫のある調理場で奮闘することになる。                                       

そして急いで帰郷すると葬儀を終えた妹が「実はへんな噂があるの。3年前に火事で亡くなった母さんのお化けが時々現れて伯母さんの面倒をみていたらしい」と驚くべき報告、隣家の幼なじみのアグスティPhoto_4 ナも「私も見た」という。                                       ハナからそんなことを信じないライムンダはそれどころかクルマの後ろに乗せた冷蔵庫が気が気でなく、力持ちの友だちの助けでで故郷にいた頃よくきた人里離れた森の中の川に冷蔵庫を沈め、始末してしまう。                                              

一方、妹のソーレの元にある日突然死んだ筈の母が現れて・・・・。母は生きていたのだ。あPhoto_2 の火事で死んだのは父さんだけで、母は重い重い過去の秘密を背負って隠れて生きていた。(あとはネタバレになるので・・)                                   

ともかくこの映画に出てくる女たちの強さ、したたかな生き様ときたら他に例をみない。”強い女”は今や世界中の映画で活躍する時代だが、殆どの場合彼女たちにはアシストする(かっこいい)男の存在がある。(恋人、同僚、夫その他いろいろ)しかしアルモドバルの描く女には一切そういう男の存在がないばかりか、出てくるのは彼女たちにとっては加害者である情けない男たちのみ。女たちは情けないクズのような男たちに傷つけられるだけでなく大きな重荷を背負わされてそれでも自力で生きていくのだ。                    

とてつもない力を発揮して決然と娘を守るライムンダ。妹、母、隣人のアグスティナ、伯母すべてがしたたかに強く生きている女である。             

この映画は2006年のカンヌ国際映画賞でライムンダを演じたペネロペ・クロスのみならず出演した女性6人全員に「最優秀女優賞」が与えられるという異例の受賞となった。監督の故郷であるラ・マンチャが舞台になり、有名なアルゼンチンタンゴ「ボルベール」をペネロペが歌い踊るシーンは彼女の魅力満開であり、まさに”スペイン女に乾杯”である。なおペドロ・アルモドバル監督が先に撮った「オール・アバウト・マイ・マザー」「トーク・トゥ・ハー」と合わせてこれらは彼の「女性映画3部作」といわれており、いづれも高い評価を受けたが、「オール・・・」「トーク・トゥ・・」も(まともな)男のほとんど見あたらない映画です。とくに「オール・アバウト・・」の女性達も圧巻。3作とも多くの賞を得、アルモドバルは今やスペインを代表する監督になった。Photo_3

「映画の中の青春」(その2)・・・ガエル・ガルシア・ベルナル「モーターサイクルダイアリーズ」

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メキシコ人俳優、ガエル・ガルシア・ベルナルを初めて見たのは「アモーレス・ペロス」(1999メキシコ映画)。その後「モーターサイクルダイアリーズ」「天国の口、終わりの楽園」「バッド・エデュケーション」そして直近では「バベル」と見てきたがもっとも印象的なのが「モーターサイクルダイアリーズ」(2000/ウォルター・サレス監督)である。若き日のチェ・ゲバラの南米縦断旅行記を映画化したもので、ガエルは主人公チェを演じている。(実際のチェが大男であったのに対してガエルは小柄であるがチェの青春期にもっともふさわしい配役に思えた。)        

ものがたり:アルゼンチンのブエノスアイレス大の医学生エルネスト(23才)と友人アルベルPhoto_3 ト (29才)のふたりは1951年、南米を縦断する6ケ月のバイク旅行に出かける。エルネストは幼いときからの持病である重い喘息発作に苦しみ、旅立ちの日に母に心配されながら弟妹たちに見送られ、吸入器を持っての出発である。相棒のアルベルトは陽気な楽天家、ふたりの乗るバイクはオンボロの「ノートン・500cc」。エルネストの愛称はフーセル(熱いヤツ、チェは後に付けられたもの)        

途中まず立ち寄ったのが彼女の家。宮殿のような豪邸で典型的な大農場主の邸宅。アルゼンチンは広大な国土をラプラタ川流域の肥沃な平野(パンパ)が占め、征服者のスペインは母国の大土地私有による地主・小作制度(エスタンシア)を持ち込み、わずか10家族前後で国土の半分以上を私有している国である。ふたりは彼女の家族から歓迎されず、庭でテントを張って寝させられる。             

その後、大陸南端のパタゴニアから北上し、最終地はベネズエラ。愛車・ノートンはひどい泥Photo_4 道、でこぼこの岩の道、アンデスの雪の道などで何度も故障し、その都度応急の修理をしながら進むが、道路から野原に転げ落ち、牛と衝突して全く動かなくなる。修理屋にもちこむが「もはやクズ鉄」といわれ、とうとう愛車・ポデローサ号(馬力のあるヤツの意)に泣く泣く別れを告げて、ここからは長い長いヒッチハイクになる。                    

パタゴニアからチリのバルパライソ、アタカマ砂漠を経てペルーのクスコ、マチュピチュ、ペルPhoto_5 ーのリマ、サンパブロを経てベネズエラのカラカスまでおよそ1万キロを越える旅になった。途中、持ち金が尽きて”訪問医者の営業?”をしながら旅を続ける中で、圧倒的多数の民衆が極貧の生活をしている事実を知り、喘息に苦しむ病人にとうとう自分の吸入器まであげてしまう。チリの鉱山での労働者の苛酷な労働、共産主義者とレッテルを貼られ、財産全て取りあげられて放浪する夫婦、征服されたクスコの街角にうずくまるインディオたちの哀しみに満ちたような表情。南米の重い現実に純粋な普通の青年だったエルネストの内心は次第に変わっていく。(空きっ腹に絶えかねたアルベルトがエルネストの彼女が「アメリカで水着でも買ってきて。」と渡した700ドルを使おうと提案すると「あの夫婦にやってしまった」とあっけらかんと答えるエルネスト。)                                       

そしてペルーのハンセン氏病の療養所に2週間ボランティアをするという体験が彼を決定的 に変える。(と思われた。なおこの時、ふたりが何気に素手で患者の治療を行うシーンを見て、1950年代でこうなんだ、やはり医者だなあと感心した。)                   ここで24才の誕生日を迎えたエルネストは療養所の人々(シスターたち)が開いてくれたささやかな誕生日パーティの席で「ラテンアメリカは混血民族によるひとつの国家です。(貧困の根源にある大土地私有制も、追いつめられたインディオの問題も)共に闘わないかぎり解決はありません。(詳細は忘れたけどこういう意味のこと)」とスピーチをして、パーティの後、療養所を2つに分ける川(向こう岸が患者の病室、こちら側が従業員)を泳いで渡る。(喘息持ちにとっては水に濡れるのは危険)新しい道に一歩踏み出すかのように。           

ラスト、ベネズエラのカラカス空港で別れるふたり。アルベルトはこの国に医者としての就職口を見つけており、エルネストはきちんと医学の勉強を全うするために帰国する機上の人になる。見送るアルベルトの顔のアップが次第に老人の顔に変わり(ハバナ在住でご健在)その上に流れるテロップ。「ふたりが再会したのは7年後、キューバ革命が成功し革命軍司令官だったチェ・ゲバラがアルベルトをキューバに呼び、国立医大の設立を依頼した。しかしチェはその後、ボリビアのゲリラ活動に加わりボリビア政府を操るCIAに殺された。」 Photo_8                                                 若き日のチェを演じたガエル・ガルシア・ベルナルの青く澄んだまなざしと共に忘れられないロードムービーである。(写真下:現在ハバナで医大の学長をしておられるアルベルトご本人。ロケが気に入ってずっとロケ隊に随行されたとのことです。)

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若い選手たちの活躍・・サッカー第26節

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今節、TV放送は土曜日の清水:京都戦のみ。TVも新聞記事ともにセ、パのクライマックスシリーズに埋め尽くされた感じでようやく昨夜の「スポルト」で映像を少しばかり見ることができました。名古屋が6連勝を新潟に止められ完敗、清水は京都とドロー、鹿島は苦戦のあげくロスタイムで湘南に同点にされ、FC東京は仙台に負けるなど 格下のチームの健闘が光りました。                                                  

さらに若い選手たちの成長が著しく、今後に期待を抱かせられたのも今節の傾向だったと思 います。まずG大阪の平井将生の2得点、かれは磐田の前田(代表選手)と並んで得点ランキング2位(13ゴール)に付けました。(写真右)続いて宇佐見も先週のU19・アジア予選での敗退の悔しさを思い切りぶっつけたかのようなゴール、中盤のパスカットから30mをドリブルで駆け上がりDF3人を振り切ってのシュートは素晴らしいものでした。(写真上)イ・グノも磐田から移籍後ようやく2得点をあげた。欧州リーグを目指す彼はW杯アジア予選の全試合に出場して3得点上げながら南アの代表リストから外れ、おそらく悔しさいっぱいだったことでしょう。ガンバはこれで5:1と大差で大宮を振り切りました。宇佐見はまだ10代の高校生(単位制高校)プレーヤーです。             

横浜は1:0で神戸に勝利、Jリーグ初得点をあげた小野裕二も17才の高校生選手です。(Jリーグ史上最年少のゴール)小柄ながら90分持ちこたえる体力、DFの裏に抜ける俊敏性はFWとして将来大いに期待される選手で す。(写真下)                         

李忠成が3節連続ゴールをあげました(前半5分で)。チームとしてはその後後半に磐田の前田に追いつかれてドローになりましたが。 

今節の結果、順位は1位名古屋(負けましたが今だダントツ)、2位に鹿島とガンバが勝ち点で並び、夏までは好調だったC大阪(4位)、清水(7位に転落)がなぜか奮いません。残り少なくなってきたリーグ戦、今後の展開が楽しみです。                      

* 本田(CSKAモスクワ)が久しぶりのゴール、左後ろからのクロスをゴール前右に走り込んで強烈なヘッドを打ち込みました。ここのところ親善試合までの不調のストレスを全身で発散させるかのような魂のこもったヘッドでした。                       *プレミア2部・レスターの阿部勇樹がエリクソン監督に称賛されたとのこと。16日の対ハル・シティ戦(エリクソンの初試合)で後半28分からプレーした彼は、監督にイギリスのメディアに「技術的に素晴らしい」と自慢されたそうです。(^^)

軍隊がひとり歩きをし始めるとき…アルゼンチン映画「オフィシャル・ストーリー」

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今年のアメリカ・アカデミー賞でアルゼンチン・スペイン合作映画「瞳の奥の秘密」が外国語最優秀作品賞を受賞した。これは25年前の軍事政権時代に受けた心の傷を未だにひきずっている人々の物語で、ちょうど軍事政権崩壊直後の1986年に製作されたアルゼンチン映画「オフィシャル・ストーリー」が同賞を受賞してから25年目の快挙になった。「瞳の・・」はまだ見ていないが「オフィシャル・ストーリー」の方はずっと以前に友人からVHS(の時代だった!)を借りて見ているのでそれについて書いてみたい。なお「オフィシャル・ストーリー」とは”公式の歴史(教科書に書かれているような)”という意味である。随分以前に見た映画なので、私の思い違いや映画の内容の記憶違いがあるかもしれないのはお許し願うことにして。              

Photo_2 *ものがたり・・・裕福な企業家の夫とひとり娘ガビイとの3人家族の高校歴史教師アリシアは自身の恵まれた環境から社会や政治にも関心をもたず、授業も教科書通りの内容に何一つ疑問を持たずに幸せに暮らしていた。彼女の悩みといえば可愛い娘ガビイが実は養女(子どもができなかったため)であり、夫が知り合いから貰ってきて娘のルーツが分からないこと。(夫が詳しいことを教えない)ところがある日外国から帰国した親友に久しぶりに出会い、彼女から「実は軍事政府に逮捕され夫とともに拷問を受け、その後幸いにも釈放されて亡命した」事を聞く。            

さらに彼女は歴史の授業中に生徒から手厳しい批判を浴び、彼女の成績の付け方にも(教Photo_3 科書どおりでないと低い点)批判が集まりショックを受ける。ようやく自分の無知に気づき始めた彼女は、或る日街で「行方不明になった子供らを返せ」というデモを見て(今までは「また反政府デモか」ぐらいに見過ごしていた)次第に政治意識に目覚め始める。         

彼女の教えてきた「オフィシャル・ストーリー(スペイン人による植民地化以後の)」が黙殺している真実の歴史があること、しかも信頼していた夫が軍事政府と結んで儲けている事実にも気づき、「娘ガビイは一体夫がどこから連れてきたのか?」という疑問がふくらみ、彼女が生まれたと夫に教えられた病院を訪ねたりしているうちに偶然に「こどもを探す会」のひとりの女性と知り合い、彼女が探している孫娘が次第にガビイではないかという疑念に取り付かれ夫をただすが一笑にふされるのみ。      Photo_4

女性の娘夫婦はある日突然軍事政府に逮捕され消息不明になった。娘が身重であったこともあり懸命に探すが闇に消えたふたりのことは分からず「逮捕され拘束された中の妊婦は目隠しをされて出産させられ、乳児はどこかへ連れ去られる。子どもが欲しい人(軍事政権支持者)に売り飛ばされているという噂がある。」と聞いたという。アリシアが見せたガビイの写真を女性は「自分の娘にとても似て」おりその他話し合えば話し合うほど二人の情報は一致する(出産日など)。            

政府に取り入って利益を上げ、現状に何の批判精神ももたないばかりか逆にアリシアを非難する夫との間は次第に冷えていき、アリシアは”死ぬほど辛いガビイ”とも別れてひとり家を出るところで映画は終わる。アリシアを演じたノルマ・アレアンドロは同年カンヌ映画祭主演女優賞を得た。(大分前に見たので間違ったところがあるかも)                

1976年に起こった軍部のクーデター(ホルヘ・ラファエル・ヒデラ将軍)で成立した軍事政権Photo_6 は以後1983年までの7年間「国家再編成プロセス」と称し徹底した非人道の国民への弾圧を行った。(いわゆる”汚い戦争”)”誘拐、違法逮捕(強制失踪)、拷問、殺害”に因る犠牲者は学生、活動家、政治家、宗教者、一般市民など3万人一説には26万人以上といわれ、日系人16人も含むという。現在までその消息は不明である。この間、行われた新自由主義経済(徹底した弱肉強食、ボーダレスのヘッジファンドの流入)は国民間の経済格差のみならず、インフレによる国民生活の窮乏を招き、国際世論の糾弾や国内の政府不信がつのった。                         

このような自らの行き詰まりを打開し、また国民の不満を対外的に解消するため、1982年フォークランド戦争を強行したものの、国際社会から孤立して敗北したことがきっかけとなり軍事政権は倒壊した(1983年)。         

その後、軍事政権閣僚はヒデラ・・終身刑、その他各々数十年の刑を受けたが1990年恩赦で釈放、再び犠牲者の家族が中心となる抗議により2006年最高裁が「恩赦は違憲」との判決を出し、現在も「5月広場の母親の会」は「最後のひとりの犯罪者」まで追及することを表明している。                   

*追記:去年の秋(2009年)「カンポ・マジョ刑務所」(500人が殺されたという)の責任者リベルス元将軍(86才)が人権団体「5月広場の母親の会」によって告発され有罪となった。罪状は「1976年、母親(活動家)とともに拉致された14才の少年フロアレルが「死の飛行」で殺されたことへの人道への犯罪」(死の飛行とは鎮静剤を飲ませたり、手足を縛ってヘリから突き落として殺すこと。フロアレルは腹を切られて手足を縛られていた)。軍事政権時代に家族を失い未だに捜し求めている人も多いという。なお軍事政権下で唯一政府に看過されたデモは「5月広場の母親の会」のデモ、後に「祖母の会」も結成された。              2010年4月、アルゼンチン日本公使館において、日系行方不明者16人(うち沖縄出身者14人)について知ってもらい、次世代に引き継ぐための「足跡を残す者は消え去らない展」主催:日系社会不法逮捕、行方不明者家族の会、後援:日本大使館、が開催された様子。(写真下・沖縄タイムス)Photo_7

遠くて遠い国ブラジル・・・「映画:セントラルステーション」1998/ブラジル映画

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昨日のブログに関連して今日はブラジルのお話。ブラジルといえばサッカー好きには聖地のような国。ロナウジーニョ、カカ、ロナウドなどのスーパースターは勿論のこと、ジーコやドゥンガといった過去の名プレーヤーも来日してプレーしたことがあり、Jリーグの発展に貢献してくれたこと。さらに現在でもマルキーニョス(鹿島)ら多くの選手達、監督がJリーグで活躍している。カズの時代から現在まで”サッカー・ブラジル留学”も盛んだ。2014年のW杯はブラジルで行われる。                                             

そして何よりも日本とブラジルの深い関係といえば20世紀初めからこの国に移民した日本人の子孫は現在サンパウロを中心に150万人在住している事実。(田中マルクス・トゥーリオも日系の父を持つ。)・・・とこんなに縁が深いにも関わらず、ブログ主はブラジル社会の現状、人々の日常生活などあまりにも知らなさすぎる、ということを痛感したのがブラジル映画「セントラルステーション」だ。(監督:ウォルター・サレス、ヴァルテル・サレス)         

Photo_2 リオデジャネイロの中央駅コンコースでひとりの初老の女性が小さな机と椅子を出して代書屋をやっている。(ブラジルは60年代には識字率50%だったが現在は80%を越えているという。しかしこのような商売が成り立つには20%の字の読み書きできない人々でも総人口から見ると5000万人ということになるからだろう。)店には様々な人が訪れて代書を依頼する。彼女ドーラはそれら「故郷の家族宛て」「恋人宛て」などの手紙を書き、毎夕方には自宅に持ち帰り投函もせずに破り捨ててしまうのだ。ドーラはかって教師をしていたが現在では身も心もすさみきっている。                                   

或る日少年を連れた女性が「ホントはあんな奴には会いたくもないのだけれどこの子が会いたいというので夫に手紙を書いて。」と依頼してくる。しかしその直後に女性は駅前でクルマにはねられて死んでしまい、少年ジョズエが取り残される。田舎から来たばかりの少年にはリオは危険すぎる町だ。電車の窓から乗降する若者、ラジオを万引きしただけで撃ち殺される人。ジョズエはストリートチルドレンになるしかない。(数年前、新聞を読んで驚いた。リオのホテルのオーナーに雇われた男達が公園に集まって野宿する大勢のこどもたちを銃で撃ち殺したり、夜中にいきなりトラックにこどもらを積み込んで遠くの森に捨てに行くという記事。観光都市に目ざわりだという理由で。オーナーも大した罪にならないとのこと。)        Photo_3                                           

ジョズエはひとりぽっちで駅をうろつく。ドーラは可愛そうとは思いながらも「養子縁組斡旋所」に彼を連れて行き、斡旋料でTVを買うのだが、実は「斡旋所」の正体はこどもの臓器売買を商売にしている事を友人から教えられ、驚いてジョズエを奪還する。そうしてふたりは「送られなかった2枚目の手紙・・母が死んだときに持っていた」を頼りに父親探しの旅に出ることになる。持ち金もわずかで・・。     

長距離バスの運転手に気を惹かれたドーラはドライブインで密かに化粧をし、彼を誘惑しようとするが敬虔なクリスチャンの彼に逃げられ落ち込む。ジョズエが「おばちゃん、きれいだよ。」と慰めるところが泣かせる。どこまでも続く荒野と赤い大地(テラ・ローシャ)の中の道路Photo_4 を走り続けるバス。夜になってたどり着いた村の村祭りで、一文無しになったドーラは「代書屋」を始める。村人のさまざまな手紙に託す純粋な思いや願い(この国は70%が敬虔なカトリック教徒とのこと。トゥーリオも試合中に何度も十字を切りますね。)が心を打つ。ドーラは今度は破り捨てずにちゃんと投函する。         

ジョズエとドーラが次第に心を通わせ、とくにドーラのすさんだ心がジョズエの純粋な優しさ、村人達の人間としての素朴さによって癒されていく。そうしてようやく到着した父親の家にはすでに他人が住んでいて、「ここの家の人は少し離れた新しい団地に移った。」と聞かされ、そちらに向かう。赤土の乾燥した荒野の中に突然現れる「現代風のプレハブのマッチ箱のような家々。そこに兄ふたりが住んでいた。(先妻の子で腹違いの)かれらは大工などの仕事で真面目に生きる青年、やってきた弟を暖かく迎え入れる。字を読めない兄たちは消息不明の父からの手紙をもっており、それをドーラに読んでもらい幼い弟を託す父の願いを知るのだ。                                     

夜明け、兄たちに挟まれて眠っていたジョズエはひそかに旅立つドーラをバス停まで夢中で  Photo_8 走って「さよなら」をいう。「いつかあなたが(あなたの夢である)大きなトラックを運転するとき、思い出して。そして二人で撮った(村祭りで)写真を見てね。私も父に会いたい。人生をやり直したいのよ。」                                             

この映画はサンダンス・NHK国際映画作家賞、ベルリン国際映画祭・最優秀賞、ゴールデングローブ賞などを受賞。ジョズエは1500人のオーディション応募をよそにリオで靴磨きをしていた少年が監督に気に入られ抜擢されたそうです。ドーラを演じたフェルナンダ・モンテネグロはブラジルの名女優で、彼女が駅構内に机を置いた途端、人だかりができ(ホントの代書屋と間違えて)次々に書いて欲しいことを語り始め、従ってこのシーンは殆どアドリブで撮影されたとのことだ。                                             

Photo_10 ウォーターサレスはブラジル出身の新進監督で他に「モーターサイクルダイアリーズ」(若き日のチェの日記を元にしたロードムービー)「ビハインド・ザ・サン」(荒野の貧しいサトウキビ農家どうしの確執)がありますがチェを演じたガエル・ガルシア・ベルナル、農家の長男を演じたロドリゴ・サントロのあまりにも美しい青春期の俳優とともに忘れられない名作となっています。(ブログ主の中で) Photo_11                         

「心折れてもおかしくなかった」・・・チリ・サンホセ鉱山・奇跡の全員生還

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8月5日の落盤事故発生後、69日に及んだ地下700mでの苛酷な「地下生活」で彼らは生き延びるために何をしていたのか。大量に舞い上がる粉塵の中で各々脱出をはかろうとパニックに陥る作業員達を落ち着かせ、統率したリーダーがいた。33人のうち最後に救出されたルイス・ウルスアさん(54才)。                                                                              

『助けは必ず来る。絶対に希望を失うな。』自身も”突然心が折れそうになりながら”必死で仲間を励まし、冷静に状況を把握するのに3時間。食料は少量しかなかった。『48時間ごとにスプーン2杯のツナと少量のミルク。これを守ること。』そして体調の悪い者を除いて「電気関係」「医療」「周辺調査」・・など各々の得意分野で分業体制を作り、全員を斑に分けて班長を作り、各班の居場所も決めて生きるための規律を徹底した。詩の好きな作業員は詩で皆を励ました。(「毎日新聞」)                                                                                       

それでも地上との連絡がとれるまでの17日間はおそらく絶望との闘いだっただろう。連絡が付いた後も「救出に4ヶ月かかる」との声にどれだけ落ち込んだことだろう。坑内の温度33度、湿度95%のなかでの生活は想像を絶するものだったと思う。全員が8~9kg体重が減った。地上との連絡を最初につけたのもウルスアさんだった。彼は父親から2代続きの筋金入りの鉱山労働者である。落盤の周辺状況にももっとも精通しており、絶えず地上との連絡ルートを探っていたという。 食料や生活物資が届くようになった後は「体重をふやすな」と食欲を自重。(引き上げられる時のため)そして最後には全員の希望、体調をもとに救出順のリストを作り、自身は最後の救出になった。                              

この事件で自ら陣頭指揮を取ることによって低落していた支持率を10%も伸ばしたピニェラ Ajennde  大統領はこの「労働者の英雄」の足下にも及ばないだろう。                  

チリといえば「アメリカ・9.11 同時多発テロ」の約20年前に起こった軍事クーデターを思い出す。1973年、世界で初めて議会制民主主義の手続きを経て(国民の選挙)誕生した人民連合政権・アジェンデ政権(写真右)が、アメリカCIAの関与する軍事クーデターによって打倒された。クーデターの翌日だけでもサンチャゴ市内のスタジアムに集められ殺された市民は7000人。以後15年の軍事独裁政権(アウグスト・ピノチェトによる)で少なくとも数万人の市民や学生の命が奪われたという。(アジェンデ博士は勿論、前年にノーベル文学賞を受賞 していた詩人パブロ・ネルーダも)ピノチェトは抗議するカトリック牧師らに対して「拷問は必要。祖国の幸福のために。」と豪語し、彼らを国外追放した。さらに武力による恐怖政治を敷き、民主化運動の拠点となった大学を軍事監視下に置いた。この間チリ総人口の10%が国外に亡命したという。一方、アメリカ流の「新自由主Photo_9 義」経済を持ち込み、国民の経済格差は一層拡大した。  ところが1988年国民投票によって自らの任期を「さらに8年延長する」ことを問うはずが国民に否定され、これを押し切ろうとして軍隊、警察に離反され、ついにはアメリカにも見捨てられて1990年に引退、その後渡英するもスペイン司法局から「チリ在住のスペイン人への弾圧罪」で起訴され、イギリスの”温情”で帰国、チリ市民団体の”殺人罪”での起訴を受けたまま病気で出廷不能とされ2006年91才で亡くなった。                         

以後は2010年春まで「コンセルタシオン・デモクラシア(中道・左派政党連合)」の政権が続いPhoto_8 たが今春の選挙で再び保守派が返り咲き、ピニェラ大統領が僅差で当選したのである。(野党連合の候補者が複数出馬したため)ピニェラ氏の兄は元ピノチェト政権の閣僚、氏は「チリのビル・ゲイツ」ともいうべき存在、世界富豪ランキングにリストアップされているため国民の反発も強く就任以来支持率は低迷していた。彼にとってこの事故は(絶好の)パフォーマンスの場であったことは間違いなく、すでに世論の反発が一部で強まっている。                                

チリは国内に数千の鉱山を有する世界一の銅産出国だ。かってアジェンデ政権が掲げたメインの政策も「チリ鉱山の国有化」「大土地所有制度(小作制度)の解消」だった。今回事故のあったサンホセ鉱山も1990年代から既に危険な鉱山として労働組合が改善、閉鎖を要求していたにも拘わらず、増産のために逆に採掘ルートを新設し、この3年で数度の事故を起こしている(2名死亡)。チリでは経営者と鉱山管理局との癒着(収賄)はつねづね指摘されてきていたという。事故は偶然のものではなく「起こるべくして起こった」ということだ。(事故直後 経営者は行方をくらましていた。)                                   

Photo_5 映画「愛と精霊の家」はチリの或る名家(大土地所有者)の女性たちの人生を描いたもので、原作者はイザベル・アジェンデ(アジェンデ大統領の姪。当時はベネズェラに亡命)。 「アジェンデを潰すのには賛成したが、軍事政権ができて保守派議員まで脅迫されるとは思わなかった」と述懐する家長、アジェンデ政権を支持して逮捕され、ひどい拷問を受ける孫娘や恋人の小作人の息子など、一家の3代の女たちの物語りになっている。「サンチャゴに雨が降る」はクーデター前後の生々しい情勢を描いたもので監督、スタッフはフランスに亡命した人々。こちらは見たいと思いつつ見る機会のないまま現在に至っている。Photo_6

涙が出そうになったとき、ぼくらはスタジアムの風を想う・・イギリス映画「シーズンチケット」

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オープニングシーン、暗闇のスタジアムで何やらごそごそしている2人の少年。かれらはスタジアムの芝生をこっそり(掘り起こして)頂いているのだ。翌日のニューカッスル広報が「愚かなる蛮行」とコメント、しかしジェリー(15才)とスーエル(17才)の言い分は「試合の一部になれないならその一部を頂く」。                                     

ふたりはイギリス北東部にあるニューカッスル・アポン・タインに住む貧しい少年。家庭はすでに崩壊同然でジェリーは飲んべえの父のDVから逃げ回る母と姉の3人家族、スーエルは両親が亡く(死んでいるか、捨てられたのか)呆けた爺ちゃんとのふたり暮らしである。学校へは殆ど行かず万引き、喫煙飲酒(時々はヤクも)は常習。すでに社会の最底辺で未来への展望もなく、社会から見放された存在である。しかし彼らには希望がある。「いつかシーズンチケットを手に入れてスタジアムで試合を見るんだ」、ふつうのチケットじゃだめ、「チケットと一緒に何が手に入るかって?・・・それは”リスペクト”だよ。」                     

Photo_3 かれらはそのために酒やタバコとも縁を切り、ありとあらゆる仕事・・犬の散歩の請負い、がらくたの販売etc・・そして万引き・・目的のためには手段を選ばない。しかし苦心惨憺してようやく集めた金は久しぶりに帰宅した父親に横取りされてしまい、お先真っ暗になる。なおシーズンチケットはイギリスでは争奪合戦でなかなか入手できず、代金は一人分約9万円だという。(当時のレートで。G大阪のは現在20万円です。)2人分ともなると彼らにとっては天文学的金額になってしまうのだ。                             

ふたりの住むニューカッスル・アポン・タインはかって石炭産業で栄えたが、現在は廃坑、産業の空洞化もすすみ失業率の高い都市で、何となくうらぶれた町のたたずまいが歩き回る彼らの風情をいっそう切ないものにしている。何とか学校に登校させようとするソーシャルワーカーの先生(おばさん)が「2週間でも登校したらチケットを買ってあげる」といって持ってきたのが何とニューカッスル・ユナイテッドの宿敵サンダーランドの本拠地”スタジアム・オブ・ラPhoto_2
イト”のチケット。落胆しながらも敵地を偵察しに行くふたり。帰りにやはりニューカッスルUの練習場に立ち寄り、あこがれのアラン・シアラーに出会う。(ここでイングランド最高の伝説的ストライカー本人がワンショットのカメオ出演をしている。去年引退)約束どおりイヤイヤ登校したジェリーは体験発表の時間に当てられて 「父さんと初めてサッカーを見にいった日。とても寒い日で父さんのコートで身体をくるまれ、ハーフタイムに暖かい紅茶を買って来てくれた。砂糖2つとたっぷりのミルク・・・。」ーーホントの話なのか、それともジェリーの空想の話なのか。(しかし実はそれはスーエルが以前に話したスーエルの想い出だったのです。ジェリーがそれを自分の想い出にしてしまう気持ちに泣かされます。ふたりがシーズンチケットに託す想いは単なるサッカーのチケットではないことも。)                    

そしてとうとうやむにやまれず?水鉄砲を持って銀行強盗を企むがあっけなく捉えられる。刑罰のかわりに”ボランティア活動”をさせられることになったふたりは高層アパートに住む一人暮らしのおばあさんの家の手伝いに行かされる。                         

Photo_7 そしてラストシーン(ネタバレになりますが)、おばあさんが二人に用意してくれた暖かいミルク入りの紅茶カップを手に持ち、上着を脱いで(チームのユニフォーム姿になって)ベランダに出る。そこは真下にニューカッスルUのホームスタジアムが見下ろせる特等席で今まさに試合中だったのだ。                                           Photo_5

追記:ニューカッスル・アポン・タインとサンダーランドは15Km程しか離れていない隣接都市で古くから石炭の採掘権をめぐって対立してきた。ピューリタン革命では前者が王党派、後者が議会派として軍事衝突まで引き起こした。クロムウェルの下でサンダーランドは大いに産業が発展し、スコットランドやアイルランドからの移民が大量に流入して町は活気づいた。現在でもサンダーランドFCにはアイリッシュの選手が多いそうだ。この2つのチームのダービーマッチは「タイン・ウェア・ダービー」と呼ばれてイングランドでも最も過熱するためフーリガンへの警察の取り締まりは年々強化されているとか。それでも去年で逮捕者50人)なお、ラストのマンションはCGで作った映像だということです。監督はマーク・ハーマン、前作「ブラス」に続いてイギリスの社会的弱者に注ぐ暖かいまなざしは天下一品です。(写真:ニューカッスル・ユナイテッドのホームスタジアム「セント・ジェームズ・パーク」)Photo_9                       

サッカー国際親善試合第2戦目・・・対韓国戦

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アウェーでの試合(ソウルスタジアム)、親善試合とはいうものの、試合前には発煙筒が一斉に焚かれ、安重根、李舜臣(秀吉の朝鮮出兵時の英雄)の顔や「過去の歴史を忘れる者に未来はない」という横断幕が掲げられるなどやはり熱気を帯びた真剣勝負になりました。立ち上がりこそ少々もたついた日本だったが次第に本来のペースを取り戻し、アルゼンチン戦 の時と同じコンパクトな陣形を崩すことなく相手陣営に入り込み、再三にわたり韓国ディフェンス陣を脅かしました。前半15分、駒野が高いクロスボールをクリアしようとして空中で韓国選手と衝突、落ち方が悪く上腕部骨折で退場、交代に内田が右SBとして入りましたが完治までにどのくらいかかるか今のところ分からないということで磐田も(ブログ主も)ショックを受けています。空中戦での接触は仕方がないとはいえ、過度の接触は相手に致命的な負傷をもたらす危険行為。ましてやレイトのバックチャージに対してファウルは出たもののその後もイ・チョンヨンのラフプレーは止むことはありませんでした。                                               

前半は韓国は日本のスキのないディフェンスに攻撃の芽を摘まれ、チャンスらしいチャンスは見られませんでした。0:0で折り返した後半、ようやく韓国の持ち味であるフィジカルの強さを活かした猛攻をしかけて日本はあわやという危機にさらされましたが、最後まで集中のきれない守備力でこれをしのぎ、結果は親善試合としては妥当な?ドローで終わりました。  

ザック監督コメント「日本のテクニックと韓国のフィジカルの戦いだった」。          

本田は不調とはいうものの相変わらず日本人離れしたフィジカルの強さでボールをキープ、残念ながら3本のシュートは入らなかったものの韓国勢にとっては脅威の存在だったようです。試合後のTVニュースは本田の話題で持ちきりでしたが、ブログ主としては今日のMVPPhoto_6 は長谷部に献上したい。キャプテンとして攻守ともに健闘し、さすがブンデスリーガの強力フィジカルの中で鍛えられただけあって2、3人引きつれても倒れず前にボールを運ぶ。彼自身もいうようにこれでシュート(ミドル)の精度が上がれば相手には脅威の存在になれるでしょう。キャプテンマークに充分値します。  

松井のテクの高いボールキープ、パス出しもやはりヨーロッパでの経験値を十分に伺わせるせるものでした。最後に、川島(負傷)に代わって出たGK西川、アルゼンチン戦では最後の 数分の交代出場でしたが今日はフル出場。体格面では現在の世界標準・190c以上にはほど遠いが(184c)、彼の負けん気による攻撃的プレースタイル(果敢な飛び出し)、いざというときの神懸かりセーブ、俊敏性、正確なフィードボールなど、Uの時代から応援していた選手です。

韓国監督は試合後、「パク・チソンの欠場が今日の試合の予定(中盤で勝負する)を狂わせた」とコメントしていましたが、パクチソンの不在はとても大きかったとは思うものの、日本もトゥーリオ、中澤というアジアNO.1のCB、GK川島などを欠いたわけだからそれを敗因とはできない、むしろ日本の成長に比べて韓国の伸び率の少なさを感じました。しかし、伝統の一戦(とはいいたくないが)お互いに得るところは大きかったのではないでしょうか。                                  

追記:相変わらずのアジアのレフリーのレベルの低さにうんざりです。(主審:ウズベキ)選手 たちが懸命に戦っているのだからもう少ししっかりしなさいといいたい。「アウェーの笛」とは言いたくないけれど韓国への再三のFKのプレPhoto_8 ゼント(日本は殆ど相手のファウル取ってもらえず)、後半のだれもが認める「PKエリア内でのハンド」に対するスルー、近くにいながらどこを見てたんだい?というひどさ。これが親善試合だったからいいようなものの、来年のアジアカップがこのレベルの審判だったら、と思うと今から暗雲垂れこめる気分です。、全く。

受信料を払うのはもういやだ・その2・・・高校野球(甲子園)の全試合放送について

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プロ野球のクライマックスシリーズが始まり、連日新聞のスポーツ面は関連記事で埋め尽くされている。プロ野球が決して嫌いなわけではないが、かねがね球団が各々下部の育成システムを持たず、学校教育に丸投げにしていることに強い反発を抱いてきた。小中学生の時期は地域のリトルリーグに所属し(硬式野球が学校では認められていないため)高校からはいわゆる学校が育成を全面的に引き受けている。全国約5000の高校の野球部が「教育の一環」として部活で選手を育成、目指すは「甲子園」である。「甲子園」(春の選抜高校野球、夏の全国高校野球選手権)でプロのスカウトに才能を認められた選手は、ドラフトを経てプロ球団に入団するというのがもっとも「王道」の出世コースということになっている。(最近ではアメリカからのスカウトも来日しているということで、いきなりメジャーの育成に行く場合もある。)

ところであるところでこんな意見を聞いた。(読んだ。)要約すると「真夏の炎天下に一発勝負のトーナメントを延々と続ける、しかも異常なまでの母校や郷土の期待とメディアの注目を受けて。そこで球児たちは野球人としての自我もプライドもかなぐり捨てて”チームが負けないための野球”を徹底して叩き込まれ、実践する。日本がWBCで”絶対負けられない”状況になった場合、エースも4番も”フォア ザ チーム”野球に徹することができるわけで、敗戦処理登板だろうが送りバントだろうが喜んでやる。それは高校時代の教育の経験がDNAとなり、これこそが日本の野球の源泉だと・・。」                             

もし日本のプロ野球の強さがそういう事情に基くのならば、いかに膨大な少年の心身の健全Photo_2 な発達を犠牲にした上のことであろうかと愕然とする。周知のとおり、野球には膨大なカネも場所もかかるから、当然「甲子園常連高校・強豪校」は私立高校で経営を”野球部に特化”した高校ということになっている。プロ球団は自らの育成システムを持たず自分の金のかからない学校教育に丸投げにしている。                                    

その結果の多くの弊害・・近年問題になっている”特待生問題” 、”監督、保護者を巻き込んだ裏金の問題”はいうに及ばず、”英雄視された球児たちの成績上の特別待遇はじめ 暴力、いじめ、喫煙飲酒”などは日常茶飯だ。そして甲子園出場校に対してメディアが煽り立てる郷土愛も一皮むけば”殆ど全員が都市部から都落ちしてきた選手”たちから成り立っている。さらに8月の炎天下の日中の連日のトーナメント戦は選手の健康上、非常識極まりないプログラムである。(学校でも夏休みの午後のグランド練習は原則禁止。来日した外国人記者たちはその非常識さにあぜんとするという。)多くのチームがエース投手頼りであるから、連日連戦の連投、投球数の制限無し。(これについては何度となく問題化されているが、未だに見て見ぬふりである。)”延長24回・深夜まで”が歴史的美談になっていたが、これについてはようやく15回延長までに制限されたが時間の制限は設けられていない。その結果、肩を痛めて選手生命を終わらせる投手たち。                                          

最近知ったことだが、ドラフト上位の指名選手(高校生)はその後大半が数年で球界を去っているという事実である。松坂、まあくん、ダルビッシュなど10年にひとりという逸材は別として、彼らの多くは即戦力にはならずファームで何年か育ててようやくそのうちの少数がモノになるということだ。ちなみに松坂年代でドラフト上位3位以上の7人で現在プロとして残っているのは松坂ひとりということである。阪神の藤川はようやく7年目にしてモノになった由。(これも同年代では彼ひとり) 現在、各球団で活躍している中核選手の殆どが社会人および大学野球あがりの選手だということだ。(彼らもまた高校野球上がりだろうが)            

リトルリーグ、高校野球のコーチの多くは”自らの経験と知識、そして根性”に頼る人々。年代ごとの科学に裏付けられた標準・育成プログラムは日本にはない。                      

夏の高校野球を見た大リーグの或るスカウトは「5000校近くが参加するのに、『光る選手 』Photo_3  がたった2人しかいなかった。将来アメリカでプレーできる可能性を秘めている選手が。」(シャノン・ヒギンスのB-sideスポーツ・引用) と記している。なのにどうして高校野球は「球児たちのすがすがしさ」「郷土愛」を煽り立てて異常な熱気を演出するのか? だれが? 主催する大新聞社とNHKである。NHKはおそらく他のスポーツではありえない第一試合からの全試合を放送。大新聞社は高校野球の持つ諸悪(決して少年を健全に育てていないどころか潰している)に対してジャーナリズムの批判的立場を完全に捨て去り、大会を自社の商品化している。(あえて付け足せば「強豪校」も3年間選手を使い捨てにしてでも自校の広告塔として利用)日本に健全なスポーツジャーナリズムが育たない限り(それはメディア主催というひも付きをやめることも大きい)高校野球の隆盛?は必ずやプロ野球の未来を明るいモノにしないであろうし、NHKもそのお先棒を担ぐことの意味を問い直すべきだろう。

                                 

「受信料払うのはもうイヤだ」と思ったのはこれで何度目か・・・NHK捜査情報漏えい事件

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「記者倫理の原則を踏みにじった」・・・8日に発覚したNHKスポーツ報道記者が捜査情報を漏らした問題は・・・・04年の受信料着服問題をきっかけに相次いで明るみに出た不祥事・・・NHKは数々の改革を打ち出してきたが、今回の問題はそれらの成果が上がっていない実態を浮き彫りにした。この事件に関するNHKの対応は「コンプライアンス順守に取り組んで来たのに残念である」。さらに報道陣からの「これは記者個人が得たのではなくNHKが得た情報なのではないのか」に対しては「彼と事件捜査関係の記者との接触の形跡はない」「情報管理は徹底している」と述べたものの、その根拠は十分に示されず「今後も事実関係を調べていく」に留まった。(以上10/9日付毎日新聞)                          

ジャーナリスト野中章弘氏「取材記者は本来、取材対象と一定の距離を置かなければならない筈だ。ところがNHKでは、取材対象と一体化して懐に入るような記者が評価されてきた歴史がある。・・記者個人ではなく、NHK全体の体質が、漏らしてしまった行為の背景にあると思う。」 またフリープロデューサー木村政雄氏「根本的にはNHKと相撲協会のなれあいがある。NHKにとって本当に相撲は費用対効果のある番組なのか。NHKと相撲協会の間に緊張感を持たせるためにも中継をやめたほうがいいと思う」。                   

問題の捜査情報漏洩とは『明日賭博関連で数か所に警察の捜索が入るようです。既に知っていたらすみません。あと他言無用で願います。NHKから聞いたとばれたら大変な問題ですので。』というメールだ。(受信者は時津風親方。弟子リンチ殺人事件で前親方が起訴され、親方になったばかりの人。)                                      

この事件はNHKと相撲界という2つの巨大な組織がすでに内部腐敗の極致にあるということを如実に示すものである。                                          *まず相撲界について・・・直近の事件だけでも「弟子リンチ殺人」「野球賭博の蔓延」「暴力団との腐れ縁」と次から次へと出た膿み、理事長の首はすげ替えられても内部の腐敗は何一つ治っていない。のど元すぎたら熱さ忘れる”とはこのこと、名古屋場所はスルーしたものの、秋場所は何事も無かったかのように行われた。「国技」「天覧相撲」などの”トラの皮”を被れば被るほど、うさんくささが一層つのる。                                                                   

この”破廉恥”のよりどころはNHKの独占番組として場所中連日数時間に及ぶ実況中継(しかも地上波、衛星双方)を行い、年間放映権料は40億を支払うという特別待遇をしていることに大きな原因がある。(そしてその幾ばくかが暴力団に流れている由。)「中継をやめたら楽しみにしているお年寄りが可哀想」というが、最近の視聴率は初日でも8%(秋場所)、場所中10%を超えたのはたった3日だった(yahoo視聴率調査)。また協会は「公益法人(利益を追求する組織ではない)」のため、税制の優遇を受けており、不動産取得税などは免除である。長い歴史を持つ相撲が今後も生き残っていこうとするのなら、この際「天皇や国技」などという”権威”と縁を切り、一般スポーツ(格闘技)として出直すべきだ。暴力の温床になっている「部屋制度」なども見直す。勿論、他のスポーツに比べて別格の待遇を受けているNHKPhoto_2 の独占放送もやめ、他のスポーツと同じく民放も参入するスポンサー番組にするべきだ。  

*NHKについて・・・余りにも多く発覚した不祥事。NHK職員は「公共放送」と「国営放送」を取り違えているのではないのだろうか。去年だったか20代の若い記者がウィニー開発者の公判中に権力を笠に恫喝まがいの単独インタビューを要求していたことが明るみに出た。視聴者がない袖を振って支払っている高額の受信料を何だと思っているのだろうか。ブログ主がかって知己だったNHKの放送記者の給料は平均民間の2.5倍はあり、仰天した。)さらに2004年、お手盛りの”わたり昇給””短縮昇給”が常習的に行われていた件につき当時の海老沢会長が国会に参考人に呼ばれたことは記憶に新しい。(当時、受信料の未払いが問題になっていただけに国民の関心が高かった。)おまけにこのときの国会中継は「編集の問題上」という」理由で放送されず、ますますNHKの公共の電波の私物化に対する不信が高まった。                     

一方、政治家、政府もNHKを国の広報機関だと勘違いしている輩が多い。その代表例が小泉内閣下の(?)安部内閣副官房長官によるドキュメンタリー番組「戦犯国際法廷・従軍慰安婦」への”検閲”。NHKは権力に屈して内容を一部変更して放送した事件である。当時のNHKは海老沢会長(金正日になぞらえてエビジョンイル)が人事権を武器に独裁体制を強いていたことは有名な話で(息子も縁故入社)、彼はとうとうNHK自社番組「NHKに言いたい」に出演し、ジャーナリスト鳥越俊太郎に追い詰められて辞任する羽目になった。しかし彼が辞めたからといって体質改善はまだまだだ。NHKよ、笠に着ている権力と傲慢なその着衣を脱ぎ捨てて、まじめに受信料を支払っている庶民のための「公共放送」の本来のあり方に立ち戻りなさい。

久しぶりに京都に行ってきました

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雨の中、久しぶりに京都に行ってきました。特急が止まるようになって三条までちょうど30分Photo_7 です。ここ十数年行っていないので地下鉄東西線に乗り換えといってもわけが分からず、傘をさして歩くのも億劫ということで、タクシーで目的地の「みやこめっせ」へ。三条駅ってタクシー乗り場がない。探し回ったあげく、ちょうどお客さんを駅まで乗せてきたタクシーに乗り込みました。降りてきたのはアメリカ人(おそらく?)のバックパッカー青年ふたり。タクシー代を払うのにえらい時間かけるなアと見ていたら何と10円、5円、1円玉を延々と数えて払っていました。最近は日本に来るのも円高でさぞや大変なことでしょう。                   

目的地は「みやこめっせ・京都市立勧業会館」です。こちらで連休3日間の「石不思議大発見展」が行われるのです。(年1度)大阪でも3月に同じ展示会がOMMで行われるので、年2Photo_2 回楽しいイベントを見にいけるのです。新聞社、京都市、日本地学研究会などが協賛しているため入場料は無料。これを見に来るためにわざわざ地方からホテルまで予約してくる人々がいるそうで、常連さん達はネットで連絡をとりあって会場でオフ会などもしているとか。全国から石屋さん、宝石屋(ルース・裸石を扱う)が集まり、石の集散地であるタイ、ミャンマー、フィリピンなどからのディーラーも来るので会場は国際色豊かです。隕石、化石、巨大な原石Photo_4 Photo_5  の塊などから指輪やネックレスに加工する石までありとあらゆるものが100円から数十万(数百万かも)円まであり、自由に手にとって見られるので、老若男女、小さな子どもまで楽しむことができます。別室では専門学者の講演もあります。持っている石の鑑定もしてくれます。ウツっぽく家にいるよりはと思い、エイッと気合いを入れて”海賊の宝の洞窟”さながらの会場に到着しました。            


久しぶりの人混みでつかれてしまい休憩所で休み休み、それでも2時間ばかりうろうろして帰宅したら5時になっていました。装飾品には一切縁も関心もないので、私にとっては眺めて癒されるだけの「小 物」ですが、それよりも”海賊の洞窟”でキラキラ、色とりどりの宝物に囲まれて過ごした楽しい癒しのひとときになりました。

追記:京都の町はやはり大阪と全然ちがう、なにか時間の流れがゆっくりしているようで、それに空が広い。(建物の高さ規制があるためか)たった650円の距離のタクシーも運転手さんの物言いがおっとりと親切でした。「エコのため、全国でも数少ないPhoto_10 タクシーの一部に導入されている町」だというハイブリッドカー・プリウスに乗りました。また「京都はタクシーが全国一多い」のでタクシー乗り場などなくても路上ですぐに拾えるとのこと。そのとおり、帰りはメッセの前の通りですぐに拾えました。Photo_11 (写真上:本日の私の戦利品であるバイオレット・スピネル。2カラットで色つけや放射線処理などなし。数千円で安かった。写真右:パライバトルマリン。発見されたのが最近1980年代という新しい石。深海の青緑にネオンが輝き、今や大流行の石。1カラット数万~数十万はします。(T_T)   ブラジル・パライバ州産が発祥地で、現在ではアフリカでも採れます。

ザック・ジャパンの門出・・キリンチャレンジカップ2010/対アルゼンチン戦

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久しぶりに面白い試合を堪能しました。埼玉スタジアムのチケットは発売後15分で完売したそうで、6万を越える観衆もさぞや満足して家路についたことでしょう。アルゼンチン代表はほぼすべての選手がヨーロッパのトップリーグで活躍しているスター選手、なかでもメッシ、テベスは世界的スターです。アルゼンチンは南米の中でもヨーロッパ的な洗練されたパスサッカーが特徴、南アでは準決勝(だったと思う)でドイツに完敗しましたが(これは指揮官マラドーナが悪すぎた)、新しく監督も替わり再出発のため勝ちたい試合だったし、また遠い日本に来るための疲れやメッシの怪我などあっても「まあ、簡単に勝てるだろう」と思っていたのではないでしょうか。                                            

しかし、そうは問屋が卸さなかった。立ち上がりこそ,見事なボールキープで日本のエリアに 攻め込み、圧倒的な力の差を見せつけるかと思いきやわが代表もチーム連携を強めコンパクトに中央を固めてメッシ、テベスを中心とする強力な縦への斬りこみを許さず、長友らディフェンス陣を中心にメッシを封じた。しかし、メッシというのはつくづくすごい選手だと思いました。長距離の超スピードのドリブルでゴール前に持ち込み、体を崩さずシュートを放つ。3、4人に囲まれても俊足で抜け出て転倒すらしない。転倒してファウルを取ろうなどという卑しい根性はこれっぽちも無いように見えました。 

そして前半19分、エリアの左から本田が放ったシュートのこぼれ球をピッチ中央の長谷部が拾い、思い切った力強いミドルシュート。GKが球の勢いに負けて右にはじいた所へ詰めてき た岡崎が右足で蹴りこんで日本先制です。後半は次第にパスミスが目立ち始めたアルゼンチンに対して日本は最後まで集中を切らさず、全員攻撃、全員守備で最後のアルゼンチン の猛攻をしのぎました。                  

この勝利は歴史上対アルゼンチン戦(過去6戦全敗)初の勝利だそうです。日本の選手は球際、空中戦ほぼ互角に戦うことができていました。ザックは「横パスはダメ、縦へ縦へと出せ」と指導していたそうで、従来の日本の曲芸師みたいに上手い(?)とヨーロッパに褒められる(揶揄される)?、だけどそこから先のカベを崩せないストレスの溜まるサッカーからシンプルにゴールを目指すサッカーへの転換に成功したようでした。シュート数もアルゼンチンを上回ったそうです。                                                     


ザッケローニ氏は普段は穏やかな好々爺にみえますが、試合に入ると表情ががらりと変わり鋭い目つきの厳しい勝負師の顔に変貌したのが驚きでした。さすがヨーロッパ・トップスリーのセリエAの歴戦の知将です。        追記: ロスタイム1分でのメッシの最後のFKあわや同点かと思いました。(^^;)            川島の活躍も少なく見ても得点2点ものでした。最後は傷んで交代しましたが。    

たばこは怖い・・映画「インサイダー」

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「横浜たばこ病訴訟」控訴審の第2回口頭弁論(東京高裁)が行われているとの新聞記事を読んだ。たばこ病(肺がん、肺気腫)を患った元喫煙者が”たばこ病のない社会”を目指して日本たばこ産業(JT)と国を訴えているのだ。(3人の原告のうちひとりは既に亡くなっている。)                                                  

現在、たばこ病による死者は年間20万人、受動喫煙による死者は約7000人弱と推定されている。(厚生労働省調べ)弁護団が特に注目しているのはニコチン依存症の「認知のゆがみ」である。「害は大したことはない」「吸いすぎていないから自分は病気にならない」「ストレスを解消してくれる」・・そしてその結果「禁煙する気にならない」ということになる。一審判決(原告敗訴)では依存性は認めつつも「たばこは嗜好品」「注意表示はされてきた(本人の自己責任)」とし、,さらにJTは「フィルターが有害ガスを除去する」「たばこの煙の90%は地球大気の成分と同じ」などと言い続けてきた。                      

長い間、ネイティブアメリカン社会の中だけで吸飲されてきたたばこが”コロンブス”以後ヨーロッパにもたらされ、17世紀初めには北米のイギリス植民地ジェームズタウンで現地の娘ポカホンタスと結婚したジョン・ロルフによる本格的栽培に始まり、産業革命期に急速にイギリス国民の間に喫煙が広がり(スラムでは子どもまでが)、すでに戦国時代には日本でも上層部に広がった。                                          ニコチンの有害性が科学的な裏付けを以て唱えられ始めた1950年代以降も世界各国ではたばこが「勤労者の唯一のたのしみ」という大義名分で販売され吸飲され続けている。      

映画「インサイダー」(1999年公開)は1994年にアメリカのたばこメジャー・B&W社に勤めるPhoto_2 ひとりの研究者の内部告発がアメリカたばこ産業と国をゆるがす大事件の発端になった実話を映画化したものである。(登場するTV局、人名はすべて実名)               

ものがたり:アメリカの3大キー局のひとつであるCBSの人気報道番組『60 Minutes』のプロデューサであるローウェル・バーグマンは1995年に一通の匿名の書類を受け取る。それはたばこ産業の不正を告発する極秘資料だった。彼は資料を送ってきた内部告発者(インサイダー)であるB&W社の研究開発部門担当取締役・ジェフリー・ワイガンドに接触し、番組でのインタビューに応じるように説得し、無事収録する。しかしマスコミとの接触を知ったB&W社の圧力に屈したCBS上層部は(スポンサーでもあるたばこ産業との軋轢を恐れて)インタビューの重要な部分をカットして放送することを決め、抵抗するバーグマンを番組から降ろしてしまう。重要な部分とは”たばこのニコチンの毒性に加えて、会社が行っている「アンモニア・テクノロジー・・たばこの製造過程である種のアンモニア成分を加えると吸飲者は一層気分がハイになり依存性を高める。とともにニコチン濃度が実際よりも低い検査値で出るメPhoto_3 リットもある。」という事実”だった。ワイガンド博士は当然のことながら会社を解雇され、喘息の娘と妻を抱えて途方にくれる。(健康保険がなくなり)番組を降ろされたバーグマンは窮余の一策として全てを「ウォーリスト・ジャーナル」にリークして暴露記事にさせることにより”アメリカの良心”を自認してきた『60Minutes』もインタビュー完全版を放送せざるを得なくなるように追いつめ、会見は完全版で放映される。                                

その後ミシシッピ州が大手たばこ産業に対して「たばこよる疾病への医療費要求」訴訟を起こすと、博士はその証人に立ち(勝訴)、たばこ産業への医療費負担を求める訴訟が全米50州から起こされることになった。2002年、この訴訟は和解するが和解金は総額2460億ドル(25兆円)、たばこ産業は25年以上かけて分割払いをすることになった。(アメリカ裁判史上最高額) 追い打ちをかけるように翌年アメリカ司法省(クリントン大統領)も「たばこによる疾病の医療費・保険金の政府分の一部負担」をたばこ産業に求める裁判を起こした。(現在も係争中?)                             

これ以後アメリカではたばこの有害性(周囲のひとにまで)の認識が定着し、吸飲者は30%以Photo_5 上減った。しかし「自国民の病気は困るが他国民なら良し」とばかりにB&W社のマルボロ、ラッキーストライクなどが(規制緩和により)日本市場へなだれ込んできた事実も見逃すことはできない。この間、ワイガンド博士は職を失い妻に去られ、過去のプライベート(離婚やトラブル沙汰)まで暴かれ、満身創痍になり、現在はようやく得た高校の化学教師をしている由。(写真右)(もう退職している?)ワイガンド博士を演じたラッセル・クロウは当時35才だったが、40代の博士に扮するため10キロ体重を増やし、白髪姿で熱演、一方のバーグマンを演じたアル・パチーノは気骨のあるジャーナリストを見事に演じ、初めて「2代目ゴッドファーザー:マイPhoto_4 ケル・コルレオーネ」のイメージを完全に払拭した。(ブログ主の印象であるが)(参考表*各国のたばこ代)         Photo_6          

イギリス映画大好き・・・「Dear フランキー」

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スコットランド最大の都市(いっても人口50万くらい)グラスゴーの北西部に位置する小さな港町グリーノック。コンテナ船や外洋船が修理のため停泊する最北端の寄港地でもある。小学生のフランキーは母とおばあちゃんの3人でこの町に越してきたばかり。父親のDVから逃れるためあちこちを転々とし、この町にやってきたのだ。フランキーは赤ん坊のときに父親のDVのために耳が聴こえない。古びたアパートに落ち着いた母は近所の「フィッシュ&チップPhoto_2 ス」の店で働き始める。(未だにこのあたりではマクドナルドよりもこちらの方が流行っているようだ。)店主は気のいいマリーという女性。フランキーは魚が大好きで、そのためフィッシュは絶対食べない。新しい学校でも友達ができ(おしゃまで優しい少女と成績が悪くて少し意地悪の少年)、フランキーは学校の成績もいい。(彼は口唇術で授業も聞くことができる)母はときどき近所で新聞を買ってきて”尋ね人欄 死亡者記事”をチェックする。(父親が見つけ出しに来るのを恐れて)フランキーには「パパは船乗りで世界中を回っている。」とウソをついており、わざわざグラスゴーの郵便局の私書箱あてに出した自分が書いた「パパからの手紙」をフランキーに読み聞かせる。それPhoto_3 は世界各地の港からのものであり、フランキーは自分の部屋のカベに世界地図を貼り、パパの手紙が投函された港にフラッグを立てている。フランキーのパパへの手紙はやはり私書箱に届き、母はそれらを読むことによって息子の心に触れることが生き甲斐になっている。「早く本当のことを言ってしまいなさい。いづれわかるんだから。」というヘビースモーカーのおばあちゃんは母子の支えでもある。             

ところが”パパが乗っている船アクラ号がグリーノックに寄港する”という記事が地元紙に載りフランキーはまだ見ぬ父との出会いに期待をふくらませ、ママは仰天する。(何かの本を見て適当に付けた名前だったから)知り合いもいない町で船乗りの集まる酒場に探しに行っても”一日パパ”になって欲しいなどと見知らぬ男達に頼めるはずもなく”万事休す”というところで、マリーが「ちょうど知り合いの船乗りがその時期に寄港するので頼んであげる”という地獄に仏の助けで いよいよ”一日パパ”として”謎の男”が雇われることになる。(写真下:喫茶店で打ち合わせをするママと男)

         
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一日パパはフランキーが欲しかった「魚の図鑑」をおみやげにやってくる。フランキーのサッカー練習に付き合ったり水面への石投げの方法を教えてくれたり、一緒に食事をしたりして一日を過ごすが、男の方から「出航まで日があるのでもう一日遊ぼう」と提案されて(母は渋々承諾)次の日も楽しい一日を過ごし船に帰っていく。ラストはママが私書箱からフランキーの手紙を取り出してバスの中で読んで驚くシーン、フランキーはとっくに偽パパであることを知っており、実の父の死を地元紙の死亡欄で読んでいた。                  
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母子が並んで埠頭で海を見つめるラストシーン。フランキーが再度偽パパ宛に書いた手紙は水面の飛び石のように偽パパの船を追って彼のもとに届いてくれるのだろうか・・。(きっと届いてまた帰ってくると思う。だって「あの人は誰だったの?」と聞くママにマリーは「弟なの」と答えるから)
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「Dear フランキー」(2004)はイギリスのスコットランドを舞台にしたマイナーな映画であり、監督はこれがデビュー作となるショーナ・オーバック。カンヌ映画祭で特別上映され10分間以上のスタンディング・オベーションを受けたことから各国で買い手がつき、日本でも上映されることになった。ところが”謎の男”になるジェラルド・バトラーが先に「オペラ座の怪人」で大抜擢されてブレイクしていたため、女性ファンが詰めかけてかなりのヒットになった。(「オペラ座・・」の撮影の合間に10日間ほどで撮った映画なので、当作品出演時はジェラルドはまだ無名。しかし公開は「オペラ座・・」が先になったため「Dear フランキー」にはとても有利になった。                                                    

監督ショーナ・オーバックはジェラルドがオーディションのため部屋に入って来たとき「フランPhoto_9 キーのパパだ」と即決したという。ジェラルド・バトラーは生粋のスコットランド人でグリーノックの隣町の出身であるという。英語のわからない私でも彼の英語がスコットランド訛りのきついものであることはよくわかった。(ケルト語の影響を受けているとか。)             スコットランドはかってイングランドの支配を嫌って敵対してきた長い歴史を持ち(政略的な婚姻関係はあった)エリザベス女王は自分の思うままにならない従妹のスコットランド女王メアリ・スチュアートをロンドンに幽閉し最後は処刑してしまった。ところが「イギリスと結婚している」と豪語し生涯独身だっ彼女には当然後継ぎがなく、メアリの息子を養子にして王家を継がせることになる。(スチュアート王朝) 今でもスコットランド人はイングランドに対して反感半分、コンプレックス半分みたいな複雑な感情を有しているということで(旅行した知り合いの話)、ワールドカップにイングランドが出ても応援するムードはないという。(FIFAへの登録は別にしており、FIFAも認めている。)イングランドのプレミアリーグとは別のスコットランドリーグがあり、グラスゴーのセルティックは俊輔で日本にもおなじみになった。グラスゴーの街並み、寂れた町々、港の風景などぜひ一度は行ってみたい土地である。Photo_8

今日も元気をもらう映画「ベッカムに恋して」

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「ベッカムに恋して」(2002公開・英米映画・原題 Bend it like Beckham)この映画はグリンダ・チャーダというインド人の女性監督が作った映画である。主人公の高校生はジェスというインド人少女、彼女は男の子に混じって公園での草サッカーでその才能を見せているところをいつも通りがかっている同じ高校生ジュールズに見そめられ?、誘われてジュールズの所属する女子サッカーチームに入ることになる。(アマといえどもプロチームの下部育成チームみたいで、コーチはもちろん練習も半端じゃない)                         

ジェスは厳格かつ敬虔なヒンズー教徒のイPhoto_12   ンド人両親に最初は内緒にしていたがいずれはバレること、家族の猛反対に会い、いったんはあきらめる。ジェスの父に直接説得に訪れるコーチに対して父親は”かって自分もクリケットのプロになろうとしたがひどい人種差別でとうとう諦めた”話をする。しかしジェスのエースストライカーとしての存在はチームにとって不可欠なものであり、最後は父親も諦めることになる。(ちなみに現在イギリス在住のインド人移民は総人口の2%、120万人であるという)

                     

Photo_13 一方友だちのジュールズの方は典型的な中産階級の一人娘のお嬢さんで、両親共に娘にしたいことを自由にやらせるという恵まれた環境にある。コーチの青年をめぐるふたりの恋の鞘当て(さやあて)などもあり、最後は仲良くふたりともアメリカの大学の女子サッカー育成のスカラシップを得て、アメリカに飛び立つところで終わる。                   

Photo_4 ジェスにはインド系アメリカ人女優:バーミンダ・ナーグラ、ジュールズにはキーラ・ナイトレイが扮している。キーラはこの映画の翌年「プライドと偏見」でブレイクした。         

監督のグリンダ・チャーダが日系アメリカ人と結婚したためかスタッフはインド系、アジア系の人々が多い。ベッカムは最後の空港のシーンでちょい出るだけ。(搭乗するために夫婦で歩いているところ)                

少女ふたりがベッカムに憧れてはいても(プレーヤーとしての)恋しているわけではない。原題の「Bend it like beckham」とは”カーブをかけて弾道を変えろ!”→”人生を大きく変えろ!”の意味だろう。                                                                                             

Photo_6 この映画が製作されている2000年代の初め、ベッカムは不遇だった。その理由は1998年のフランスW杯でのアルゼンチン戦でベッカム(キャプテン)がアルゼンチンのシメオネに倒され、腹這いのままシメオネを後ろ足で蹴ったため一発レッドで退場になったのだ。そのため10人になったイングランドチームは苦戦し延長2:2に持ち込んだものの、結果はPK負けという結果に終わった。帰国したチームを迎えたイングランドのサポーター、メディアは”10人の勇敢なライオンと1人の愚か者”とベッカムを非難した。                      

   そもそもイングランドvsアルゼンチン戦はフォークランド戦争を引きずって、直接対決ではその勝利が両国民の悲願となっており、戦後最初の1986年メキシコ大会では”マラドーナの神の手”によってアルゼンチンが勝っており(その後の2大会は直接対決はなし)98年はどうしても勝たなくてはならなかった大会だったのだ。それをベッカムという”愚か者”のせいで負けたのだからベッカムにとっては辛い4年だったことだろう。(しかし、一発レッドにされるほどベッカムの蹴りはひどいファウルとは言えず、逆に試合巧者、したたかなシメオネの後ろからの倒しのほうがよほどカードものじゃなないのかい?と後でTVを観た人は多くがそう思った。もちろんブログ主も)                                その不遇な時代のベッカムを映画に取りあげたグリンダ監督の意図は”不遇なベッカム、そして女子サッカー普及の支援活動もしているベッカムへのエール”だと監督自身が述べている。                                                   

2002年、モヒカン狩りで日本に乗り込んだベッカムはようやく、鮮やかなフリーキックを決めてPhoto_7 アルゼンチンを倒して雪辱をはたした。会場となった新潟ビッグスワン・スタジアムは早くにチケット完売、超満員だった。           

付け足しておくと”サッカーでのハンドはつい手に当たってしまった場合でも”勿論ファウル(南アでは特に厳しくチェックされた)、しかしレフリーが認定しなければファウルにはならない。(レフリー絶対)ところが最近マラドーナが「あのハンドは俺が意図的にやったものだ。」と告白している。イングランド・サポーターにとってはもう昔日の話になっていることだろうが。  

最後にアメリカは現在女子サッカーのプロリーグを持つ唯一の国である。(アメリカでのサッカー熱の低さを見ると何か不思議だが)この映画のころのWUSAは2004年に休止、2009年に新たにWPSが立ち上げられ、世界中から優秀な選手が集まっている。日本でも澤穂希(ワシントン・フリーダム)、宮間あや(ロサンゼルス・ソル)など。

ジェーン・オースティンの世界・・「プライドと偏見」

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見ていて(見たあと)ハッピーになる映画、癒される映画を見たいと思いながら、今まで私の見た映画はその殆どがハッピーにも癒しにもならない映画ばかりだ。考えてみると不幸があっての幸せなのだから、幸せばかりを綴る映画など作りようがないのだろうし、またそんな映画があってもつまらないだけだろう。韓国ドラマでも癒されるドラマには随所に不幸が設定されている。そんな中にあってこれだけは絶対見ていて癒される(というより落ち込まない)という映画がある。それはイギリスの古典文学、ジェーン・オースティンの小説を映画化したものだ。                                                   

ジェーン・オーステインの小説は最近ではアメリカでも大人気ということで、韓国映画・イルマPhoto_4 ーレをハリウッドがリメイクした同名映画の中で、主人公ケイトが駅のベンチに置き忘れる本がジェーン・オーステインの「説得・Persuasion」だったし(韓国版では携帯式テレコ)最近「ジェーン・オースティンを読む会」という映画も作られたが、これは凡作だった。  

ジェーン・オーステイン(1775~1817)という作家はイングランドのハンプシャー州生まれの牧師の娘だった人で生涯独身、その間たった6つの小説しか残していない。(随筆、未完のものはある)「分別と多感」「高慢と偏見」「エマ」「マンスフィールド・パーク」「ノーサンガー僧院」「説得」である。イギリスではその全てがTVドラマ や映画にされたそうだが、日本では前の3つだけが映画として公開された。(私は小説は「分Photo_6 別・・」「高慢・・」「マンスフィールド・・」「説得」は読んだが、映画は「分別・・」「高慢・・」「エマ・・」を見た。3作品ともハリウッド資本で作られたと言う点ではアメリカ映画といえるが、”アメリカがイギリスを舞台にした映画、またはイギリス文学を映画を撮る際には出演者の80%(だったか?)をイギリス人俳優に充てなければならない”という規制があるそうで(またそうしなければ映画は失敗するだろう)、3作とも主人公および数人以外は全てイギリス人俳優で占められていた。      

「高慢と偏見・・Pride and Prejudice」は十数年前にイギリスBBCが制作した連続TVドラマで英国内で大ヒットし、日本ではNHKが放送した。これを途中で何気に見始めたのが面白く、 NETで探し回ってついにヤフオクで中古のものを安く譲り受けたのがジェーン・オースティンと私の出会いである。その後「分別と多感・・Sense and Sensibility 」が邦題「いつか晴れた日に」、「高慢と偏見」が邦題「プライドと偏見」として映画化され(いずれもハリウッド資本で)、両者ともにアカデミーで数々の部門賞を得た。Photo_16                         

ジェーンの生きた時代は、1789年のフランス革命勃発に始まり、ナポレオンの出現、ウィPhoto_17 ーン体制と激動の時代であり、イギリス社会も大きな余波を受けていた筈だ。亡命貴族の受け入れ、対ナポレオン戦争などに加えて国内では産業革命による社会全体の変化はいちじるしいものだったに違いない。名誉革命で成立したハノーヴァー王朝(現イギリス王室)ではちょうどこの時期ジョージ4世の摂政が行われ、この遊び人の王のもとで”Regencyの時代”と呼ばれる享楽Photo_8 的、退廃的ムードが上流階級に漂っていた。ジェーンの小説はそういう社会の状況とは一切無関係で(何一つ、背景にすら出てこない)、あえていえば”Regencyの時代”の影響は受けているかも知れない。(写真上のマナーハウスは「プライド・・」のダーシー氏邸宅に使われた。写真左上はマナーー(荘園)に付属する牧師館。これらは所有者による保存が不能になった際はナショナルトラストに委託される。写真右下は大邸宅内部・カベを傷つけることなく組まれた素晴らしいセット)          

彼女の書く世界は主として(というより全部)、田舎貴族(ジェントリー又はそれ以下の大地主)たちののんびりした(怠惰な?)日常・・・舞踏会、狩猟、散策、旅行、親戚や親しい一家どうしの長期の泊まり合い、ロンドンでの別宅(これはかなりの富豪のみ)娘息子の恋のあれこれ、のみが延々と書かれている。だから小説ひとつ読めば後のものは読む必要なし、といえばそうなのだが、ついつい全て手に入れて読んでしまうという魔力を持っている。(というべきか。しかし飽きる人も多いかも)     
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映画「プライドと偏見」・・今イギリスの最も人気女優であるキーラ・ナイトレイがヒロインのエリザベス・ベネット(愛称リジー)を演じ、その現代的で魅力的な演技が高く評価された。5人姉妹の次女であるリジーは淑女である長女のジェーンとは対照的な行動派、その自己主張、この時代の娘たちが習うべきピアノ、刺繍、絵画のたしなみなど何一つ興味がなPhoto_10 い。(「若草物語」オルコット・・のジョーに酷似しているが、真似たとすれば「若草物語」だろう。ずっと後の南北戦争時に書かれた小説だから。)ジェントリーほど名家ではないが上流の面子をようやく保つためのぎりぎりの収入(農民からの地代)を持つ田舎のインテリといった人物のベネット氏、5人の娘たちをいかに有利な結婚をさせるかだけに狂奔するベネット夫人。(写真はリジーの家に使われたカントリーハウス。)         

リジーの恋の相手になるダーシー氏(広大な土地とマナーハウスを持つ大富豪・ジェントリー?)、長女ジェーンの相手もベネット家とは比較にならない大土地所有者だ。物Photo_20 語はこのふたりの娘の恋の行く末、結婚にいたる顛末を中心に構成されている。ジェーンの描く田舎貴族、地主たちは金銭を露骨に話題にする。”年収1万ポンドとダービシャー州全部を持っているの。4頭立ての馬車はいくつもあるわ”とか”せいぜい2000ポンドの牧師”だとか、男の値踏みはすべて彼の収入で行われ、その露骨さに思わず噴き出してしまう。馬車の立派さ云々は現代でいえば所有するクルマの格を云々するのに似ている。さらに登場する人物は(リジーやダーシー氏も含め)すべて人間臭い欠陥を持っているのが面白い。題名「プライドと偏見」は”ダーシー氏のプライドとリジーの偏見が彼らの恋の成就を妨げていたということで、ふたりはお互い に素直に自己反省する。                        

Photo_21 映画「いつか晴れた日に」(分別と多感)はイギリス人女優を代表するエマ・トンプソンが 脚本を書き、自ら主演し監督は中国人アン・リー(「ブロークバック・マウンテン」)であるだけに、よりイギリス的な色合いが強く様々な女性の内面を描き分けており、地味ながら「プライド・・」より良くできた映画だと思うがこPhoto_14 ちらも「分別・・長女、多感・・次女」とふたりの生き方を対比させている。とりとめもなく書いてしまったが、最後にこれらの映画に共通する最大の魅力は・・・華やかな舞踏会、社交界の描写よりも何よりもイギリスの田舎の美しさ(特にイギリス最大の国定公園である湖水地方)、素晴らしいマナーハウス(国内に2000程現存している)、などが堪能できることだろう。(写真は湖水地方の風景。自然、村々、牧場、教会などがナショナル・トラスト(NPO)によって管理保護されている。)Photo_15

サッカー第25節・・鮮やかな小野伸二のミドルシュート

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何といっても小野(清水)の3年ぶりの25mの素晴らしいミドルシュートが今期のピカ一のニュースでしょう。ドイツW杯の対オーストラリア戦で1点リードの後半、ジーコの訳の分からない(選手達にも)小野の交代出場が最終の”魔の7分の3失点”のはじまりであるかのような印象を与え、その後現在まで代表に選ばれることもありませんでした。すでに年齢は31才ですが欧 州(オランダ・フェイエノールトetc)での活躍も長く、まだまだ十分選出されていい選手だと思います。                  

名古屋の快進撃はますます勢いをましています。対仙台戦の後半43分、監督にFWにポジションチェンジを指示されたトゥーリオは右靱帯損傷を抱えながらも絶妙の右からのクロスで走り込んだ小川のゴールをアシストしました。なおストイコヴィッチ監督は来る国際Aマッチ試合へのトゥーリオの欠場をJFAに要請したということです。一方、仙台で初招集されたGK権田は逆転負けしたにも関わらず素晴らしいパフォーマンスを見せました。        

サンフレッチェ広島の李 忠成が3期連続ゴール、しかも2得点です。(写真右下)今期も若手の活躍が目立ちま した。G大阪の平井将生(23才)、チームは逆転負けしたというものの、後半15分のゴール、細かいパス回しからルーカスが出したパスを相手のディフェンス網から一瞬抜け出た平井が右足でファーの左隅に蹴りこみました。これで平井は今期11点でランキング4位に入りました。   

海外では長谷部(ヴォルフスブルク)が活躍、右クロスでカーレンベルグの先制ゴールをアシストしました。このあと国際Aマッチウィークで帰国の予定です。イングランド・レスターの監督に、前代表監督エリクソンの就任が決まったようです。監督が交代すると普通数人のお気に入りの選手を連れてくるということで、選手達の出場にも大きな影響を与えます。(長谷部が今期、出場機会が少なくなっているのもそれが1つの理由)阿部にとって良い監督交代になればいいのですが。

映画「クラッシュ」にみる多民族国家アメリカ

                                                      
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「アメリカ社会は人種、民族のるつぼ、カオスである」・・よくいわれる比喩であるが”るつぼ、カオス”が混沌とした融合を含むものであるとすればこの比喩は間違っている、という説が最近では常識だ。正しくいえば「アメリカ社会は人種、民族のモザイクをなしている」ということだ。”るつぼ、カオス”はむしろ南米の実態であり、例えばブラジルでは国民の60%以上が異民族(人種)間の結婚によって形成されている。(6代までさかのぼるとほぼ100%)サッカー選手の田中マルクス・トゥーリオの父は日系だがスペイン系のお母さんはTVで見る限り完全な?白人だったし、アレッサンドロ・サントスは黒人だが、やはりTVで見たお姉さんとお母さんは黒人の特徴を全く持たないスペイン系白人だった。(彼の父はアフリカ系)南米諸国でも国によってその比率は異なるが。ところがアメリカ(USA)では同一家族に様々な人種的特徴を有するメンバーが存在することは極めてまれなことであり、人種や民族間での結婚はむしろ回避されている。彼らは互いに棲み分け、互いに接触を避け、しかしながら互いに一触即発のストレスを抱えて生きている。                                 

ロサンゼルスを舞台にした映画「クラッシュ」はまさにそのような状況の一部を切り取った映画だ。ちなみにロスはアメリカ第2の都市で人口350万(周辺部を含むと1000万以上)、主な内訳はヒスパニック40%、黒人、アジア系各10%以上、白人40%弱という人口構成。そして白人以外の殆どがいわゆるニューカマーである。この映画が「ブロークバック・マウンテン」を押さえて2004年のアカデミー賞(オスカー)に輝いたことは衆知である。        

映画は白人エリート、ヒスパニック、アジア系、アラブ系、黒人など多種多様な人々から成る群像劇になっている。ひとつひとつの小さなエピソードが別々に進んでいき(時には相互の関連を持ちながら)最終的には現在の多民族都市ロスの人種・民族問題を浮かび上がらせるという設定だ(と思う。)物語を順序立てて述べるには余りにも複雑で私の力及ばずなので核心になるエピソードをいくつかあげると                                

① 人種差別主義者の白人警官が黒人夫婦(脚本家・エリート)のクルマを止めて執拗な身体チェック(とくに妻に対してはセクハラに及ぶような)をする。しかし帰宅した家には痴呆の老父がおり、彼はトイレの世話までしなければならない。セクハラを受けた妻は夫に「警察への抗議」を求めるが、職場での黒人への侮蔑を知る夫は弱腰でそれに応えられない。   

② ①の上司による黒人夫婦への侮辱的行動に我慢ならない部下の若い理想主義者(白 人)の警官。                                               

③白人エリートの検事夫妻は道路で黒人チンピラを除けて通ったことで言いがかりをつけられ、彼らにクルマをジャックされてしまう。ジャックしたチンピラたちは奪ったクルマを乗り回し、韓国人を引いてしまい、病院前まで運んで置き去りにする。一方検事夫人はますます差別意識をつのらせるが夫の検事は来るべき選挙で黒人票が欲しい為、被害を表ざたにせず、済ませてしまう。                                        

Photo_5 ④移民の雑貨屋のアラブ人男は店にコソドロが入り町の治安の悪さから店や家族を守るため、拳銃店で銃を購入するが、アラブ人ならみんなイラク人だと思っている店主に”オサマ”と呼び捨てにされ(彼はペルシャ人)頭にくる。さらに雑貨屋は鍵屋(ヒスパニック)を呼んで家中の鍵をつけ直させる。                                        ⑤鍵屋には幼い娘がいて、町で日常的に起こる銃撃事件を怖がっていつもベッドの下に入っている。父(鍵屋)は「お前の5才の誕生日だから銃で撃たれても大丈夫な”透明テント”をあげるよ。これを着ていたら撃たれても大丈夫だ。」といって着せてやる振りをする。      

しかし、映画は後半で劇的な展開を見せる。① 人種差別主義者の白人警官は高速道路の多重事故の現場でクルマに閉じ込められたかの黒人妻を救出しようとするが、彼女(警官の顔を覚えていた)に拒否され、クルマがあわや爆発寸前で果敢に命の危険をおかして彼女を救い出す。                                                

② 若い正義派警官は夜、帰宅途中に路上の黒人の青年をクルマに拾ってやる。しかしその青年がポケットから(彼の宝物のブロンズ像?)を出そうとしたとき、いきなり黒人青年を撃ち殺してしまう。(銃を出したと間違って)そして彼を道ばたに遺棄する。正義の白人警官の心の中に潜在する”黒人への恐怖”を見事に描く衝撃的なシーンである。           

③ 将来の出世(ロスの名士)だけに関心を持つ夫との関係は人前以外は冷え切っている。Photo_3 転倒して足を痛め歩けないのに見向きもされない検事夫人は友人に助けを求めてもすげなく断られる。夫人は最後に、唯一親身に面倒を見てくれるアラブ系の家政婦に「あなただけが友だちよ。」という。                                          

④鍵を付けなおしたのに又泥棒に入られた雑貨屋は怒り心頭で(拳銃屋の態度にも腹を立てていた)逆上して鍵屋に怒鳴り込み、鍵屋を撃とうとするが、その時”パパは透明テント着Photo_2 ていないから”と絶叫して父に抱きつき盾になろうとする幼い娘。銃が撃たれる。一瞬、音の消えたシーン・・・ここからはネタバレになるが、銃は空砲だった。雑貨屋のやさしい娘が万一のことを考えて弾を抜いていたのだ。少女は父に「透明テントが守ってくれたね」という。                                 

人々は決して混じらず棲み分け、互いに軋轢を起こしながらも、それでも共存しあっている(しあわざるを得ない)という強いメッセージだと理解した。それとこのような人間関係を一瞬にして断ち切るアメリカの銃社会の恐ろしさを見せつけられる映画だった。脚本・制作・監督はポール・ハギス、TV界から出て作った第1作目の映画だという。

ザッケローニ・ジャパン「日本代表」初招集・・キリンチャレンジカップ2010

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キリンチャレンジカップ(国際親善試合)vsアルゼンチン代表(10/8)vs韓国代表(10/12)の代表選手25名が発表されました。いよいよザッケローニ・ジャパンのスタートです。ザック氏は「バランスの良さを考えて招集した」といっていますが25名中8名がFWという攻撃的な戦術を感じさせる選出です。ザック氏は「場合によっては3トップも」と述べているそうなのでどういう展開になるか大いに楽しみです。                                  

初選出のサプライズはベガルタ仙台の関口訓充(24 才)、ベガルタはJ2の時期も長かっただけに「こんなところまで細かくチェックしていたのか」とザック・スタッフに感心し期待しました。関口はスピード、攻撃的なプレー(時にはカードの出そうな危険なものもある)が特色だということで、チームではMFなのが代表ではFWとして登録されています。          

本田拓也(エス パルス)もA代表としては初選出(北京五輪では選出)、中盤の熾烈なポジション争いに加わることでチームに刺激を与えることになるでしょう。ブログ主が懸念してきたDFの新世代育成も伊野波(鹿島)、栗原(マリノス)槙野(広島)などが順調に伸びていけば大丈夫かと思われます。替わりに岩政(鹿島)が落とされたのは年齢的にはやむを得ないことかも知れません。細貝、金崎、西川など若い世代が選ばれ、25名全員が1980年代生まれになりました。海外組は南アグループは全員選出、イングランド・レスターの阿部勇樹が入ったことは個人的にとてもうれしいです。  

一方、玉田(前節ハットPhoto_3 トリック)、川口、俊輔などが入っていないのは、時代の流れとはいえやはり淋しい(中澤は怪我)。俊輔は代表辞退を表明したそうですが、先の加地、坪井、楢崎なども含めて現役選手が代表辞退をするということはサポーターとしては反対です。現役でいる限り代表を目指してほしい。(写真左上・本田拓也、左・伊野波)       

選出された25名を見るとサンフレッチェ広島、名古屋グランパス、ジュビロ磐田、清水エスパルス、FC東京各2名、横浜マリノス、鹿島アントラーズ、ガンバ大阪、川崎フロンターレ、浦和レッズ、ベガルタ仙台各1名、それに海外組9名という配分で、G大阪が常勝チームといいながら遠藤ひとりということは余りにも淋しい。宇佐美、平井、二川、中沢なども将来的には招集されてほしいものです。C大阪の乾も外れました。W杯までの4年間で少なくとも100名は呼ばれる(試される)のが普通ですから(トルシェは200名)まだまだチャンスはあるのでまずはリーグ戦で結果を出すことが大事なのはいうまでもありません。ベテランの遠藤、中村憲剛などが試合メーカーになるのでしょうが、最近のサッカーのトレンド?”はパスを出すより自らが打開して前へ運びゴールを狙う”傾向が強まりつつありますからパサーも大事ですが何よりもどこからでもゴールを狙うことが重視される中でベテランふたりに負わされた課題はより大きくなりました。10月12日・アルゼンチン戦のチケットは既に完売とか、TVでの観戦者も楽しみに待っています。                                                                        

追記:メッシは怪我をムリして来日するとのこと、メッシ目当ての観戦者は多いでしょうが、バ ルサも現在リーグ途中のうえにFIFAチャンピオンズリーグも戦っています。メッシの養生を優先させて欲しいものです。

「ロング・ウォーク・ホーム」・・アメリカ公民権運動の中で行われたこと

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アメリカ南北戦争の際出された「奴隷解放宣言」以後、アメリカ合衆国憲法(修正14条)で「市民の法の下の平等」が明記されたにも関わらず、なぜ1930年代の「アラバマ物語」のようなあからさまな人種差別が日常的に存在したのか。勿論、現在の南アを見ても分かるように差別法が撤廃されても”貧困の再生産”による人種間の経済格差は存在しつづけるだろうし(行政が長期にわたり様々な施策を行わない限り)、白人の根強いレイシズム(人種間に優劣が存在するという認識)、そしてとりわけプア・ホワイト(貧しい白人)層の危機意識(低賃金市場への黒人の参入)などにより、その後も黒人は市民社会で平等な扱いは受けなかった。1868年合衆国憲法はあらためて「全ての市民の法の下での平等」(修正14条)を追加強調したにも拘わらず、それは主として「いかなる州も・・すべき義務がある」というものであって、個人間の差別には触れていなかった。(アメリカでは時には国の憲法よりも州法が優位にたつことも多々あったため)                                       

市民の間の露骨な差別は野放しにされ、行政の行うべき「平等のための施策」も、”separate but equal”→分離すれども平等・・という論理によって(良心的な知識人たちですら)見て見ぬふりがなされてきた。「”分離すれども平等”とは、白人と黒人を分離しても同じ施設や同じサービスが提供されれば、それは差別ではない」という、つまるところ「人種隔離政策」の是認である。この論理によって黒人は公私の多くの施設、学校、食堂や店などから閉め出され、劣悪な黒人用の学校に通い、大学進学も不可能だった。(特に南部諸州では) 個人間の差別や迫害は日常茶飯事であり、かなりの知識人であってもこのような実態に無関心であった(装った                                                  

アラバマ物語」の背景はこのような時代に設定されている。しかしこの物語、の15年後、アラバマ州モントゴメリーで始まったバス・ボイコット運動は”separate but equal”に異議を唱え、”separate NOTequal”を主張して以後の長い公民権運動の始まりとなる出来事になった。(モントゴメリーは南北戦争時、南部連合の首都となった都市)               

ローザ・パークスという黒人女性が仕事帰りに疲れ果てて乗ったバスの白人席に運転手の制止を無視して座り続け、逮捕された事件がきっかけとなった。。当時モントゴメリーではバスの前方の席が白人用、後方が黒人用と定められており、黒人の乗客はいったん前から乗って乗車代を払うとバスを降りて後部ドアから乗り直すという事が行われていた。ローザの逮Photo_2 捕に抗議する黒人たちは各教会を中心に結束し、以後385日間(バス会社に違法判決が下りるまで)黒人たちによるバス乗車拒否が続いた。(「毎朝、窓の外の風景を確認するのが怖かった。今日はバスに乗っているのではないかと。」当時25才のキング牧師の述懐である。”自由への大いなる歩み”岩波新書)                              

前触れが長くなったが、このバス・ボイコット中にあった出来事を描いた映画が「ロング・ウォーク・ホーム」である。白人家庭のメイドをしているオデッサ(ウーピー・ゴールドバーグ)も教会で牧師の話を聞いて(これは声だけで顔は出なかったがキング牧師の演説の一部だったと思う)ボイコットに参加することを決め、片道Photo_3 9マイル(約8km)の道を歩いて勤め先に通うことになる。数時間かけて疲れ果てて勤めを終え、帰宅しても何もできない。勤め先の家庭でも3時間近くかかって来られたのでは話にならないということで、女主人のミリアム(シシ・スペイセク)はとうとうクルマで彼女を送迎しはじめる。このようなことがあちこちで(時には白人の良心で)行われるようになり、町の話題になる。ミリアムの夫は”黒人差別に何の疑問も持たない”一般的な市民であるが、仲間間で話題になり次第に妻の行動が危険なものであることを感知し、彼女の送迎を禁止する。                                  

ラストは”差別はおかしい”ことに目覚め、夫を振り切って”仲間”の集会に参加するミリアム、集会に殴り込みをかける白人たち、その暴力から妻を守るために立ち向かう夫、集会参加者が大きな輪を作って歌う(この曲は有名らしいのだが私は知らない)ところで終わる。エンドロールで再びキング牧師の演説が流れる。(I have a dream だったか?)わかりやすい、メッセージ性の強い映画である。                                     

385日間(バス会社への違法判決が出るまで)バス乗車を拒否して歩き続けた黒人の数は5万人。この事件にはじまる公民権運動は、他州にも広がりその後全米の学生や白人たちも加わる、”sit in”や”Free ride”運動などが行われた。そしてワシントン大行進(ケネディ大統領の時、7万の白人と5万の黒人が参加)を経て 1964年・公民権法(人種、宗教、性別、出Photo_5 身国などによる差別の禁止)、1965年・投票権法(全ての国民の投票権保障・・・これまで殆どの南部諸州は「リテラシーテスト・・識字その他のテストを行い、黒人の投票資格を制限”排除”していた)が制定された。しかし64年・ケネディ暗殺、65年・マルコムX暗殺、68年・キング牧師暗殺に始まる、レイシズムの巻き返し、黒人暴動の頻発などいわゆる」”Long hot summer”の混乱の5年を迎えることになる。                            現在のアメリカは格差社会の一層の進行に伴って人種、民族の差別は格差問題としてむしろ強まりつつあるという。(公民権法は黒人社会にも格差を生むことになった。)”アファーマティヴ・アクション”も逆差別として見直される傾 向が出てきているという。黒人青年の選択肢は「軍隊に行くか、麻薬か」であり、さらに黒人の下に”ヒスパニック”(英語が話せないので就労しにくい)やネイティブ・アメリカンなどのマイノリティが位置している。しかし公民権運動はアメリカ現代史上、最大の財産のひとつであるといえるのではないだろうか。Photo_9

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