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スポーツと暴力・・しごきや体罰には「いかなる正当性も存在しない」ということ

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10月9日付・毎日新聞夕刊のスポーツ欄に載ったコラム「平尾剛の身体観測」。以下、その記事を転載させて頂く。                                  

「電話口で耳を疑った。まさかそこまですることはないだろうと思っていたからだ。でもこの見 通しは甘かった。・・・・事件はある中学のバレーボール部で起きた。優勝を目指してきたその中学は、惜しくも準優勝で終わる。目標に届かなかったにしても準優勝なら胸を張ってよい成績であろう。にもかかわらず2位という成績を不服とした顧問は表彰式後に生徒たちの目の前で賞状を破いたのだという。決勝戦は迫り来る重圧に負けてミスも多く、本来の力が出せずに終わったらしい。顧問としてはそれを歯がゆく感じたのだろうが、やっていいことと悪いことがある。生徒だけでなく主催者側や対戦相手にも非礼にあたる、人としてとがめられて然るべき行為である。以前にこの中学の練習を見学したが必死に声を張りあげる生徒たちに笑顔はなかった。スポーツは楽しいもののはずなのに、悲壮感すら漂わせながらボールに食らいつく姿は見ていて痛々しかった。顧問が一声かけるとその周囲を囲むように集合するのが決まり事らしく、まるで磁石に吸い付けられる砂鉄のように生徒たちは駆け寄る。少しでも遅れたらやり直し。だからいつ声がかかるのか、練習中はずっと気が気でない。あれでは集中してプレーすることなど到底できそうにない。心身を極限まで追い込み、その苦しみを乗り越えさせれば潜在能力は開花する。しかしこれは兵士を訓練する方法になぞらえたもの。失うものは計り知れず、行き過ぎればただ苦しみを押しつけるだけの指導になり下がる。これまでのやり方を繰り返すだけで自らを省みない指導者は、早急にご退場願いたいと思う。」 この記事を読んで改めて背筋が寒くなった。学校という場所で「教育」の名のもとにこんなことが行われていることに愕然として。おそらくこういう顧問は全国に山ほどいるだろうし、周囲も心の中で批判はしても目をつぶっているのだろう。記事で浮かび上がった私なりの問題点を2つあげると、                                         

① 準優勝を良しとしなかった顧問が賞状を破りすてた行為。平尾氏も指摘されているように”人として咎められてしかるべき行為”。1位からビリまで出る大会でそれぞれ日頃懸命に頑張ってきた全ての生徒たちをを冒涜する行為である。私も北京オリンピックの際、銀メダPhoto_2 ルを得た柔道の女子選手(名前は失念)が報道陣に向かって「金以外は何の値打ちもない。」と吐き捨てた言葉にあ然とした記憶がある。彼女が金メダル候補だったため、期待された結果を出せず強がりで言ったのかも知れないが、「じゃあ、銅メダル以下の選手達はどうなるの?スポーツマンだったら彼らへのリスペクトがあって当然でしょ。あなたはスポーツマンの資格ないよ。そんなに悔しかったら百歩ゆずっても心の中で言っとけ。」と思ったことがあった。                                                  

② この顧問は自己の名誉と自己満足(権力を行使できる)のためにクラブを私物化している。つまり生徒たちは顧問の奴隷にされているのだ。そして「教育」の名のもとにそれが許されている。おそらくここまで生徒たちを従わせるために日常的なしごき、体罰(またはそれに等しい恐怖政治)が行われていることは容易に推測できる。さらにこのような状況は、”生徒間の上下絶対服従、いじめ、クラブ抜け(退部)禁止”などを生む。”暴力の再生産”として成長した選手の中には指導者になって再びこのような行為を繰り返すこともある。さらにオシムさんの言葉を借りれば「日本の選手たちはミスを恐れすぎてチャレンジしない。おそらく学校教育の影響だと思うが。」 自主性、克己心は自らゆっくり獲得していくもの。体罰ではかりに即効性はあるとしても、それらを失うスピードも速いだろう。

スポーツ部での生徒間、教師のしごき、暴力行為は今だに後を絶たないどころか、社会の荒みに比例して増加しているようである。最近ではプロ野球・西武コーチの大久保某がファームの選手たちに日常的に暴力、恫喝を行っていたことが選手会からの球団への抗議によって明らかになるということもあった。コーチどころか名監督と呼ばれている人々の中にも暴力を振るう人もいるとか。ましてや「強くなるためには当たり前のこと、指導者の熱心な証拠」と体罰、暴力を肯定する世論も今だ根強い。                             

このコラムを書いた平尾氏(現親和女子大講師)は元神戸製鋼のラガーマンで、当時から神 戸製鋼ラグビー部は先輩らによるしごきや体罰が一切ないクラブであることを標榜していた。史上輝かしい記録70連勝を打ち立てた時代ですら。最近「スポーツ科学」分野がようやく日本の大学でも広がってきており、研究者(元アスリートだった人々も多い)たちの意見をあちこちで見聞きする機会が増えた。アメリカやヨーロッパではすでに確立しているスポーツ科学では「スポーツが強くなり進歩することと暴力、体罰は全く関連性がない。」「かりに即効的に効果が上がっても、その効果は持続しない」「体罰を加えるのは言葉で納得させられない指導者の未熟さを表す以外の何物でもない」。アメリカに留学しているある青年の話「アメリカの生徒たちはコーチに大きな信頼と尊敬を寄せています。選手は自分の意見をぶつける環境と能力を持ち、頻繁に意見交換します。コーチに威厳を感じても恐怖は感じていません。」

最後に元プロ野球選手の桑田真澄氏は早稲田大学の大学院・修士を去年終了されたがその修士論文は最優秀論文として評価された。彼いわく「小学校から練習中に殴られない日はなかった。・・・しごきや体罰によるのではなく(日本の育成の伝統の良い点も残しながら)スポーツの進歩のノウハウを学問として研究し、理論的に分析して、現場の意識改革にもk貢献していきたい。」(そういう意味のこと)を述べている。スポーツの明るい未来を感じた。

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コメント

学校のクラブの場合、顧問を選んで部員となるのは難しい。好きな部活動をしたければ顧問への不満を我慢してということになるのだろう。正しいコーチングがまだ一般的でない遅れがこのようなスポーツにおける野蛮な行為を生んでいるのであろう。親にしてもクラブでしっかりしつけをしてくれるのなら暴力を黙認するという風潮もある。このような風潮は社会にも及び軍隊はモチロンのこと会社の中でも行われそのために精神的に立ち上がれなくなった社員がいるという話もよく聞く。

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