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目途の立たない被災者が安らかな日常を取り戻せることを願いながら

東北大震災で家族を亡くされた方々には心からのお悔やみを、被災され今なお避難所で不自由な生活を余儀なくされている方々へは心からのお見舞いを申し上げます。


TVの映し出すすざまじい被災地の状況に加えて、福島第一原発事故の着地点の見えない泥沼化は恐らく日本人の誰しもにとって対岸の火事ではないという厳然とした事実(とくに原発事故)をこれでもかとつきつけて来る。さらに縄文の昔からふるさと東北の風土の中で生きてきた人々にとって故郷を失うことは例え他の土地で生き場所を与えられようと、人生と未来を失うことに等しい。ブログ主自身もこれは現実ではない、悪夢なんだと目覚めるごとに幾度も願う日々である。避難している人々が必ず故郷に復帰できる未来がくると信じながら。                                          

「エネルギー・ベストミックス」と称する日本政府のエネルギー政策によって現在全電力のほぼ30%強は原子力によるものになっている。。私の住む都市だけでいえば80%の依存率という。スリーマイル島事故(1979)、チェルノブイリ(1986)を経験した世界は80年代に反原発の世論を高揚させたが、地球温暖化の危惧が高まる中でその声は風に吹きけされるかのように弱まり、原発は「クリーンなエネルギー」として次第に市民権を強めていった。              

わが国の場合、60~70年代の政府のエネルギー転換政策により国内の炭鉱は次々と廃坑に追いこまれ、70年代から本格的に原発が稼動し始めた。現在、日本の保有数55基はアメリカ(100基余)とともにせかいで有数の原発大国である。(世界3位)ちなみにフランスが第2位でこの3カ国が突出して多い。(50基以上)原発はさびれた地方の自治体に多大の雇用と潤沢なオカネをもたらし、さらにそれに関わる政治家たちの利権(献金)が闇の中でふくらんでいったとも推測できる。                                                    

従って立地の岩盤の強弱やその地域の大地震の発生の確率よりも、住民の反対の声の弱い土地、誘致を求める地元有力者たちの政治力に導かれて、場合によっては特定地域に集中して建設されてきた。4枚のプレートが集まる世界一の地震国日本で、誰もが普通に危ないと思うはずであったにも関わらず・・。                                      

60年代後半、日本で初めて原発を設計したビギナーの技術者たちはアメリカGEの設計図(この図も欠陥があると指摘して会社を辞めたGEの社員がいた・・3/30毎日新聞夕刊:追加)をもとに「ああでもない、こうでもない」と原子炉の図面を書き、「地震や、ましてや大津波など考える余裕はなかったと述懐している。(後藤政志氏・東芝原子炉製作部門OBで、今度の事故で自主的に名乗り出て各所で講演。私はyoustreamが有料なのでNPO団体「CNIC(原子力資料情報室」のHPへのコピー版を見た。)                                                  

何重ものフェールオーバー(安全機能)があるという「安全神話」は東電や政府の御用組織・日本原子力安全委員会がいつからか言い出して広がったものだとわかった。さらに「かりに優れた技術者集団がいくら机上で素晴らしい原子炉の設計図を描いても、それを作る工場が日立、三菱、東芝と3箇所それぞれが分担し、自分たちがどんな危険なものを作っているのかという自覚なく、3工場の製品基準値コンマ00まで統一されずに作られた部品は、合体したときには微妙に狂っていることがあった。さらに阪神大震災のとき倒れた高速道路の脚柱から藁くずが出てきたように設計図がいくら完璧でも建設の段階でそういうずさんさがあることはいくらでもある。(元原発技術員だった故平井憲夫氏は今回の大事故をすでに1999年に予言している。)               

公共料金という「うちでのこづち」を握る独占企業・東電は「寄らば大樹のかげ」とばかりに大企業の安定を求めて入社してくる一流大卒のエリートたち(偏差値人間)の「事なかれ、官僚主義」に上から下まで汚染され、責任の所在はあいまいにされ、難題は次々と後任者に先送りされるという体質。さらに官僚の天下り、政治家への献金(裏金)が組織を堕落退廃させてきたことは容易に推測できる。電気という商品は備蓄がきかない。真夏の最大消費時間に合わせて供給するために原発は増え続けた。アメリカ型の快適な消費生活に慣らされた国民(ブログ主も含めて)に電気をどんどん供給し、都市はいつからか不夜城になり、原発は寿命30年を越えた旧いモノ(福島1号機)も含めて危機管理よりもフル稼働が優先されてきたのである。                                              

そしてさらに怖いのは原発は廃棄後も半永久的に燃えカスが核分裂による放射能と崩壊熱を出し続けるため、永久にお守りをせねばならないということ。そのシュミレーションと負の遺産として子孫に残す莫大な経費は未だ世界のどの国も計算できずシュミレーションさえできない。(やれる筈が無い。)チェルノブイリ事故後ようやく閉じ込めた炉心は未だブスブスとくすぶり続け、1.5m厚みのコンクリートの「石棺」は30年にしてすでにひびだらけとなり、数十億ユーロの経費で補修が始まりウクライナは自国のみではまかなえないと資金援助をEU諸国に訴えている。     

TVの映し出す、政府、東電、安全委員会、保安院のまるでジョーカーを急いで投げ合うかのような責任のなすりつけあい、危険な現場で働く東電の下請け、孫請け会社の作業員の人々の被爆(厚顔無恥な東電は「彼らがアラームを誤作動だと無視して作業を続けたため」と作業員の自己責任として当初発表)、行政が遺棄した半径30キロ内のゴーストタウン化した地区。そして「トモダチ作戦」を唱えて協力してくれても絶対に50マイル以内に入ろうとしない米軍。かりに日本が核戦争に巻き込まれたとき、どんなに米軍基地を認める人でも、日本は「捨て石」になる、少なくとも米軍が「危険地帯」と決めている50マイル以内は見捨てるだろうということがよくわかった。北朝鮮のテポドン発射の本意も実はアメリカを挑発するため、ということをみても明らかなように核兵器を持たない日本が戦争に巻き込まれるのは米軍基地があるため以外に他のどんな理由があるのだろうか?。安保条約によって本当に日本はアメリカの核の傘に入れてもらえるのだろうか??                 

当面の(少なくとも)危険のない町で、電気を消費するPCに向かってこれを書いている。原発によって得られた快適な消費生活がどれほど多くの人命や人生、自然破壊の犠牲の上に成り立っていたことにあらためて愕然としながら。

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