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健さんには北海道がよく似合う・・・「ぽっぽや(鉄道員)」1999:降旗康男監督

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TVニュースを見ていると落ち込むばかりなので「山田洋次が選ぶ日本映画100選」(毎日曜日・BS2・21時~)、9日の「ぽっぽや」を観た。浅田次郎の短編(同名:直木賞受賞)を映画化したものだが、日本人の感傷の琴線に触れるという点で木下恵介「ニ十四の瞳」「喜びも悲しみも幾年月」の流れを汲む作品、大ヒットしたのも頷ける。                 
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(写真上:吹雪の中を走るD51.オープニングシーンの数分間走り続けるその映像は圧巻。何か、この映画のテーマを象徴しているかのように思われた。)

ものがたり:佐藤乙松、鉄道員人生45年のしかも父親から2代目国鉄マンである。(この映画ではすでに国鉄は解体、JR北海道になっている。)蒸気機関車のカマ焚きから始まり、機関士を経て1999年現在はローカル線・幌舞線の終着駅である幌舞駅の駅長(といっても他に駅員のいない小さな駅)を最後にまもなく定年を迎えようとしている。時同じくして幌舞線の廃線が決まる。A                                                

かってこの地は炭鉱の町として繁栄していたが廃坑のあとは人口数百人の年寄りばかりの町になPhoto_2 ってしまい、幌舞線も乗客が激減した。乙松にはカマ焚き時代からの仲間である仙次(小林稔持)という無二の親友がいるが彼は乙松より出世し、大きなターミナル駅・美寄駅の駅長、定年後はJRの関連企業である巨大リゾートホテルへの就職も決まっている。ひとり息子は北大を出て札幌のJR北海道の総合職として働いている。仙次の「官舎を出た後一体どこに住むんだ。家なんかないだろ。俺もお前がいないと寂しいから」とホテルへの再就職を斡旋するとの誘いも「俺は鉄道のこと以外は何もできないから」と頑なに断り続ける。                         

Photo_3 乙松はぽっぽや生活45年、雨の日も雪の日もひたすら鉄道員として働きつづけ、ひとり娘の雪子が生後数ヶ月で肺炎で亡くなったときも、妻の静枝(大竹しのぶ)が5年前に亡くなったときも「交代要員がいないから」と仕事を優先して最期を看取らず、妻は仙次夫婦に看取られて亡くなる。                                             

たったひとりで官舎(駅に付属した)での寂しい正月Photo_8 、訪ねてきた仙次と酒を酌み交わす。・・映画の殆どが回顧シーンになっており(時にはモノクロで)、厳しいカマ焚きの仕事、国労スト、集団就職のため上京する子供たちを組合で合意して特別に汽車を走らせたこと(おそらくこれらは60年代?)などが次々と描き出される。


乙松は正月でも相変わらず、雪のプラットホームに立ち、汽車を迎え、送り出す喚呼を行うのだ。                             

そのとき古めかしい人形を抱いた小さな女の子がプラットホームに現れる。「おめえ、どこのPhoto_20 子だ?正月だから帰ってきたのけ?」頷く少女。5才だという。彼女が帰ったあと駅舎に残された人形。その夜おそく今度は中学生の少女が妹が忘れた人形を取りにくる。そして次の日の夜、今度は高校生の少女が・・。彼女は駅舎に上がり、乙松が「寒いから」と差し出した亡き妻の半纏を着て乙松のために夜食を作ってくれる。あまりにも不思議な(しかし幸せな)出来事に驚く乙松だが・・とうとう彼女たちは赤ん坊で死んでしまった雪子だと気づくのだ。雪子が成長していく姿を見せに来てくれたのだと・・。                          
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翌朝、除雪車が駅に着いたとき、乙松は雪のホームに倒れて亡くなっていた。・・・       

小さな女の子が現れ、次々に成長して出てくることから「あ、これは乙松がずうっと心の中にしまいこんできた娘への想い、心象風景なのだ。」と思った。そして映画のラストを確信した。

「お父さんは仕事以外はなんもいいこと無かったから・・」という雪子。しかし、不器用にしか生 きられない乙松を取り巻く人々(仙次夫婦、駅前の食堂のおばさん、ぽっぽやの仲間や後輩たち、仙次の息子etc)などすべていい人ばかり。”ひとの人生は結局は良い人間関係が豊かにあること”とどこかで読んだが、乙松は幸せな人生を生きたといえる。Photo_17            

Photo_10          ラスト、乙松の棺が幌舞駅から美寄に運ばれPhoto_19 るシーンでこの汽車(キハ)を仙次が運転するのだがこのときの後輩運転士のセリフ 「おやじさん、キハは良い声で鳴くでしょ。わけもないけど、俺聞いてて涙が出るんだわ。新幹線も北斗星もいいけどキハの笛を聞くとなんかしらんけど俺は泣けてくる。」・・雪に曇った運転室の窓の正面からふたりの表情を捉えたラストシーン、いいラストだった。                                                 

放送の前に山本晋也氏がいっていたように、どのシーンにも赤色が効果的に使われていてとても美しい。(キエシロフスキの「トリコロール・赤の章」もそうだった) 広末涼子さん、初めて見た(CMなどでは見ていた)が、とても美しく、おそらく彼女の一番輝いていた頃の作品なのではないだろうか。                                           

A_4 最後に北海道の原野、降りしきる雪の中を走 る蒸気機関車(D51とキハ40764)の姿の圧倒 Photo_23 的な素晴らしさ。おそらく彼らは主人公の健さんと並ぶこの映画の主役でしょう。                      

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