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2011年5月

韓流にはまる日々・・・「冬鳥」

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「冬鳥」(キョウル・セ)は韓国ドラマ・視聴率の女王と称される脚本家キム・スヒョン女史が1992年に大ヒット(視聴率45%越え韓国ドラマ史上最高)させた同名のドラマをリメイクしたもので2007年に放送されたが、予想に反して大コケし、その結果当初の回数を10話減らして終了したという。視聴率低迷の理由は「物語りがあまりにも古めかしく時代錯誤」ということだったらしい。                                                                                                            

見たいドラマが他になかったこと、キム・スヒョンのドラマは秀作が多い(「拝啓、ご両親様」は私のホームドラマNO.1)であること、ヒロインにパク・ソニョンssiが出ているということで「ちょっと長すぎるなあ」(43話)と思いながら一応完走したので、今日のブログのテーマにとりあげる事にした。延々と見ている途中に3・11の東北大震災、福島原発事故が起こり、個人的にも大きな衝撃を受け、気が滅入る日々の中でそれでも気晴らしに見たのが結局重苦しく暗いドラマで気晴らしにはならなかった。                                   

ものがたり;ヒロインのヨンウン(パク・ソニョン)は10才の時に両親を事故で失い、父の親友Photo_2 のチャン会長夫妻(財閥)に引き取られ可愛がられて育てられた。会長夫妻には実の子がふたりおり、ヨンウンは長男ドヒョン・オッパ(イ・テゴンssi)と次第に心を通じ合わせ、深く愛しあうようになる。しかし会長夫人はヨンウンと我が子ドヒョンが愛し合っていることを知り、ふたりが結婚することを恐れてドヒョンの留学中にヨンウンの結婚を急ぎ、ヨンウンも同意。急遽帰国したドヒョンが「ヨンウンがこの家に来てからずっと愛している。結婚したい。」というのをはねつけ、母ひとりで苦労して育てあげ医師になったギョンウと結婚させてしまう。                            

ヨンウンは「お前の心に反したこの結婚をやめろ。絶対に親を説得して結婚の許可をもらうから。もし許されない場合は二人でどこか遠く(外国)で結婚しよう。」というドヒョンの懇願を振り切って会長夫人のすすめる結婚を選択する。「この家で大切に育てられたけれど、ここは私にとっては荒野だった。本当に暖かい自分の家庭が欲しいの。」というヨンウン。(写真下:嫁ぎ先の夫と夫の母)        
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しかし夫ギョンウとの結婚生活もまた修羅場つづきだった。夫の母は「金の亡者」、あくどい高利貸しで蓄財し、それでも足らずに会長にカネをせびる始末。さらに息子への偏愛、母子ふたりの密着ぶりは異常で、息子の結婚生活を邪魔し、邪魔者ヨンウンをいびる。夫のギョンウは妻を愛しながらも母のいうがままで、母の肩を持つばかりでヨンウンには「我慢してくれ」というばかり。さらにヨンウンが実家のドヒョンと相思相愛であったという噂を聞きつけた姑は「傷モノの邪魔者を体よく押し付けられた」とわめき出し、嫉妬にかられたギョンウもまたヨンウンをなじる。
一方ドヒョンはとうとう根負けして母の押し付ける結婚を決心(相手は大病院長の娘で医師)するが、結婚式の夜にたまたまヨンウンは夫や夫の母に追い詰められて家出。嫉妬に狂ったギョンウが新婚夫婦の泊まるホテルに乗り込み「ヨンウンの居場所を教えろ」とドヒョンに殴りかかり、ドヒョンもヨンウンの家出を知り、新妻を放置してヨPhoto_5 ンウンを探し回る。当然、結婚は破棄され、会長夫妻も立つ瀬がなくなる。                            




一方家出したヨンウンは海辺の寒村で隠れてギョンウの子を出産し、やがて見つかるが頑として婚家に帰ることを拒否、会長の家にも帰らず、親友ヒジンのもとに身を寄せ自立して子どもを育てることを決意する。夫ギョンウの謝罪と「こどもの為にも帰ってくれ」との懇願に一度は復縁を決意するがやはり結果的には親友の小さな服飾卸しの会社を共同経営することで自立の道を歩み始める。                                        

ドヒョンはそんなヨンウンの力になり、この間子どもの養育などを巡りさまざまあるが、最後はとうとう根負けした会長夫人が息子とヨンウンとの結婚を許すことになり、夫人はこれまでの自分の態度をヨンウンに謝罪しハッピーエンドで終わる。(会長はいつもヨンウンに親身で、妻に押し切られながらも彼女の味方、結婚も許してやるべきだと思っていた。)    
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とあらすじはざっと こんなところだがドラマが、ヒットしなかったのは所謂「嫁姑の確執」がイヤというほど描かれており「韓国でも今じゃこんなの古臭すぎるよ」といったところなのだろうか。姑のカネの亡者ぶり、品性のなさ、息子の心を離さないために仮病は使う、ヨメの悪い風評(根拠もない)を息子に告げ口するなど辟易させられるが、対するヨンウンも場合によっては決然と口答え?するなどはきわめて現代的にはなっている。                

マザコン男のギョンウは本当は優しくいい人なのだろうが母には絶対服従、というよりヨンウンが少しでも姑を批判すると逆上するほど母子密着している。しかも暗くていさかいのシーンばかりで見ている者はウンザリしてしまうのだ。                          
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Photo_10 唯一、気持ちが明るくなるのはヨンウンの親友ヒジンとその家族(義母と弟)。義母はヒジン姉弟の亡き父の後妻だが、ヨンウン姑による手酷いカネの取立てがショックで父が急死した後、食堂をしながらヒジンと弟を育ててくれた。3人は絶えず喧嘩しながら実の親子以上に仲がいい。このオンマがヨンウン姑とつかみ合いの喧嘩をする場面などは笑わせられる。   

思いつくままに・・・*ヨンウンは会長夫妻に大切に育てられ大学まで出たのになぜ「荒野のような家」を出て自立しようとしなかったのか?会長も心からヨンウンの幸せを願っているから反対しなかった筈だし、同居している会長の妹ウンスク(離婚してギャラリーを経営してPhoto_11 いる)はヨンウンやドヒョンの良き味方。「義姉さん(会長夫人)は世間体ばかり気にするけど、世間なんて噂などすぐ忘れてしまうし、こちらが気にしなければいい。」という賢明な女性だ。ヨンウンが結婚によって自分の人生を切り開こうとしたのは賢い彼女にしてはあまりにも他力本願すぎる。(写真:ヒジンとその家族。彼女は衣料品の卸しをして苦労しながら自立している。母親が「あんなカネもない男。苦労する。」と反対する同業のカレとさっさとできちゃった婚をしてしまう。ヨンウンは彼女にいつも助けてもらってばかりだ。                
(写真上:ヒジンオンマ、右:ヒジン)

*ドヒョンの優柔不断さへの批判について。・・私はそうは思わない。少年時代からのヨンウンへの愛を一度たりとも捨てたことはなく、次期会長という重責、両親の期待を知りながらヨンウンへの愛を貫こうと努力するのが、どこが優柔不断なのだろうか。            

*会長夫人の執拗な結婚反対理由は「ヨンウンには不運がつきまとっている。彼女は疫病神だ。信頼する住職がヨンウンと息子が結婚したら息子は早死にすると予言した。」ということなのだが「子ども時代から一つ屋根の下で兄妹同然に育ったふたりを結婚させるのは世間的には”不道徳な家庭”とおもわれるのではないか」という怖れを持っていたともいえる。夫人は決して冷たい人ではないのだが世間体をあまりに気にしすぎて息子の幸せをぶち壊そうとした。                                                 

何かとりとめもなくダラダラと書いてしまったが、ヨンウン役のパク・ソニョンさん、辛い決心ばかりしては泣いてばかりというこの役は似合わない。気の強いバリバリキャリアウーマンや憎たらしいヒール役、気のいい明るい娘などの方がよほど似合う。ヨンウン役は彼女のいい面が出ていないと思った。Photo_12    
最後に ドヒョンを演じたイ・テゴンssi。下積みが長く、30才過ぎてブレイクした俳優さんらしいですが今までにないタイプの「オトナの男」を演じられる方です。決してイケメンではないのだが、みるからに誠実そうな顔つき、体育大学を出て水泳のコーチなどの仕事もしていたとかで、1m85cm以上の長身、がっしりした見るからに頼もしそうな男性ですっかりカレのファンになってしまいました。時代劇で「高句麗の建国の王:広開土王(好太王)」にキャスティングされたとかですが、ヨン様の広開土王(「太王四神記」)よりも私のイメージはぴったりです。Photo_13

                                                   

    

韓流にはまる日々・・「嘘・偽りの愛」

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「彼らが住む世界」「花よりも美しく」「グッバイソロ」「愛の群像」etc・・の脚本家ノ・ヒギョンが初めてブレイクした作品「嘘・偽りの愛」(1998)は、その後、独特の「ノ・ヒギョン・ワールド」にはまるコアなファンを有することになった。かくいう私もノ・ヒギョンのドラマはほぼ見てきており、このドラマ「嘘(コジンマル)」がDVD化されるのを期待して待っていたのだった。     

ものがたりはひと言でいえば「不倫、三角関係」モノ。ドラマは必要不可欠な存在の登場人物以外は極力削り取られ、「道ならぬ恋」に苦しむ主人公の心情の起承転結に焦点が凝縮されて20話にきっちりまとめられている。                                             

主人公ソンウ(ノ・ヒギョン作品のミューズ、ペ・ジョンオク)は30才を過ぎたキャリアウーマンPhoto_2 で母とふたり暮らし。先輩(女性)の経営する小さなインテリア会社の室長、といっても彼女が率いる社員は彼女以外に4人のみ。ソンウは過去に何回か恋をし、傷ついた経験を持ち、すでに30才後半になり、父亡き後ふたりきりで生きてきた母の悩みのタネとなっている。そんなソンウが新しい恋に陥る。相手は新入社員のジュニ。ソンウより年下で、8年前に結婚した最愛の妻ウンスがいる。ウンスもまた金属工芸作家として自立した女性だが彼女の悩みはこどもができないこと。(不妊の原因も特にないのに)そしてウンスにとって決定的な不幸が起きる。子宮筋腫が見つかり子宮を全摘しなければならなくなったこと。夫のジュニが「子どもなどいなくてもいい」といくら慰めても悲しみ、落胆は収まらない。さらにウンスには夫ジュニへの負い目があった。彼女のふとした過失でジュニが右手を怪我し、指の細かい作業が出来なくなり版画家としての生命を断たれたこと。ジュニは版画家であることを捨て、ソンウの勤めるインテリアの会社に入社したのだった。                        

ジュニは妻を愛しながらも上司であるソンウに次第に心惹かれ、ひたむきな想いを寄せるようになる。ソンウはそんなジュニを最初は「微笑ましいが少しうとましい存在」くらいに思っていたのだが、次第にその一途なひたむきさにほだされ、心の空虚が充たされるようになり、遂に相思相愛になってしまう。ふたりは世間から隠れて逢う瀬を重ね(なぜか最後までプラトニック)、夫の心変わりに気づいて苦しむ妻ウンスや彼女の病気にかまう余裕もないほどジュニはソンウに心が傾いていく。             Photo_3                                   
夫の心が再び自分のもとに帰らないことを知った妻ウンスは夫ジュニを自由にしてやるために離婚を決意、ひとりで入院して手術を受けた後、姉の住むパリに去る手続きをする。一方ソンウは母や先輩の社長から「この恋の成就はあまりにも重い荷物(精神的な負い目)をずっとひきずって行くことになる。」と反対されるがそれを押し切ってジュニとの結婚を決心するのだ。                                                     

しかし、晴れて結婚できるようになった筈が現実はそうはいかなかった。ジュニは妻から離婚届をもらい、いざ別れる段になって次第に笑顔を失い、暗い表情に変わりはじめる。改めて気づいた妻への愛情、良心の呵責に苛まれて。ソンウの方もふたりの結婚生活を破綻させた責任感に苦しみ、さらにジュニの辛い表情を見て、決してこれからの生活が幸せなものではないことを痛感する。そしてとうとうジュニに別れを告げる。ふたりでNYに行って結婚する予定だったのが結局ジュニひとりでNYに発つことになる。                                    

この間、母が初恋の人と再会して結婚し(ふたりとも既に配偶者を亡くし、子どもたちも再婚Photo_4 に賛成) ソンウはひとりで相変わらずインテリア会社に勤めつづける。1年後、先輩社長から「ジュニとウンスがNYでたまたま出会ったらしい。だけどそのまま何もなく別れ、復縁しなかったとか。」と聞く。(写真:ソンウ母と再婚する大学時代の先輩。新聞社をリストラされて(記者、コラムニスト)落ち込むが、世間の目など気にせず新聞販売店を起こして新妻を養うという生活力のあるオトナの男。)                                          
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ラストは母に「今度こそいい人と」と背中を押されてお見合いのためにホテルのロビー(喫茶室)に行くソンウ。相手は地味で誠実そうなかなり年配の男。そしてそのロビーの離れた席に仲良く座って幸せそうにおしゃべりをしているジュニとウンス。会話の内容から彼らが大分前に復縁していたことが伺われる。ドラマは室外の遠方からこの二組のカップルを捉えてエンドとなる。                    

このドラマ、私的には全くはまれないというか、主人公たちに感情移入できなかった。まずジュニ、この男性は芸術家であるからか未だ大人になりきっていない。人(ソンウ)を好きだという気持ちをコントロールできなくなるのは分かるが、妻を傷つけ離婚を決意させるところまで行ったのならそれを貫徹すべき。重荷(良心の呵責)や妻への心残りでフラフラするのはだらしなさすぎる。結局ふたりの女性を傷つけた「純情」はあまりにも大人気ない。                     

次にソンウ、結局ジュニにほだされて手酷い目に遭ったというところだが、これも自業自得とPhoto_7 いうのは酷か。結局、世間的には年上の女が罪を被ることになるから、という訳ではないけれどソンウ(ペ・ジョンオクssi)には最後まで「未成年男」を軽くあしらって欲しかった。それか結婚などしなくても修羅場になってもジュニと浮気すればいい。(心変わりするまで)   

最後に妻ウンス、美人(ソンウがこれを気にするのが私には気に入らない)で賢くライフワークも確立しているのになぜ子どもにこだわるのだろうか。ウンスが夫との離婚を決意してソンウに会うとき「ひとつだけ頼みがあります。こどもが出来たら写真見せて下さいね。ジュニの子どもを見たいから。」・・・ソンウは「私も子どもが生めない身体なんです。」と切り返す。(子どもが生めるから選ばれたんじゃないよ、といいたかった?)                            

こういうドラマは苦手ですね。それに3人が泣くこと泣くこと。ソンウのペ・ジョンウォクssiに泣き顔は似合わない。ジュニ演じるイ・ソンジェssiのファンということでも期待していたのだが、男にこう泣かれるとイヤになる。泣き虫の「お子チャマ男」に扮した彼を見たくない。このドラマがきっかけで翌年、映画「美術館の隣の動物園」に抜擢されたということだが、映画のチョルスの方がよほどいい。イ・ソンジェという俳優はむしろ2枚目半あたりがはまり役なのだ。(「美術館・・」「吠える犬は噛まない」「大韓民国弁護士」など)                  

サイドストーリーとして新聞記者ドンジと街娼セミの恋の成就が出てくるのだが、一見ありえない恋人関係とはいえ、ありえるように思えてこちらの方が好感をもてた。Photo_6 (写真下)

付記:ドラマの題名「嘘(コジンマル)」について。人はそれぞれ少しずつ他人や自分にウソをついて(幸せに穏便に傷つかず)生きていくのだということか?。              

例えば嘘① ジュニとジョンウは復縁して幸せに暮らしているが、恐らくそれぞれの心中に少しづつ嘘をつきながら暮らしている筈。別れを決意するジョンウも然り。② 先輩社長がソンウに「ふたりはNYで再会したが復縁せずにそのまま別れたらしい」というのは社長がソンウを思いやってついた嘘。③ 記者ドンジは街娼だったセミとの結婚にあたり、両親や周囲にはセミの身の上については真実を話さず(話す必要ない)嘘をつき、さっさと上海支社(当時は誰もが行きたがらなかった僻地?)への転勤を希望して愛を成就させるという生きる力のある男。(セミも中身は純粋でまっとうな女性)・・。ふたりは周囲に嘘をついて恋を実らせた。・・という風にいろいろな嘘がドラマにちりばめられている。                                            

付記:独断と偏見で書いた一文を早速読んで頂き、メールを下さった○○様、どうも有り難うございました。登場人物の名前の間違い訂正いたしました。(汗) コメント頂くのって嬉しいものですね。                                           

つれづれなるままに・・・「サッカー・ACL セレッソ大阪vs山東魯能」を観る

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テレビを見るといってもサッカー中継、ニュース、興味のある報道特集くらいで、韓流ドラマはDVDを借りて来てまで観るのに日本のドラマは全く見ない。夜、決まった時間に見るのがめんどくさいからというのもある。(DVDなら昼過ぎの空いた時間に見られるのとまとめて見られる)従って日本人の流行りの俳優の名前は5つもあげられないのに韓国の俳優なら10人くらい即座にあげられる。典型的な「韓流大好きオバタリアン」になってしまった。         

プロ野球も殆ど見ない。ゲームが長時間かかりすぎるのと、なぜか「日本的根性主義、暴力Photo_2 主義」みたいな匂いを時折り感じて敬遠してしまう。楽天の星野監督みたいな熱血、負けてドアを蹴り上げるようなタイプは最も苦手なのだ。勿論、サッカーだって、時には取っ組み合いの喧嘩になりかけたり、レフリーに抗議しすぎて(恫喝まがいの?)「監督退場処分」を受けたりもないことはないが、選手と同じユニフォームを着ずにスーツ姿の監督のほうがクールで紳士っぽくていい。(ジャージーの人もいるが)アメリカ文化圏だけの野球と違って、世界何十億というサポーターを持つサッカーの方が、いい意味でのグローバリズムを持っているのではないだろうか。(写真右:紳士中の紳士、アーセナルのヴェンゲル監督 )                                             





さてJリーグが再開されベガルタ仙台の躍進などが話題になっているが、今日のブログのテーマは「ACLチャンピオンズリーグ・グループリーグ最終戦」。(いわばチーム・ワールドカップ・アジア予選版) これで東アジアのベスト8が決まる。BS朝日がようやく放送したのがG組2位を争うセレッソ大阪vs山東魯能(中国)戦。各組2位までがトーナメントに勝ちあがれるため、両者「背水の陣」の1戦となった。とはいえセレッソは引き分け以上で勝ちあがれるという有利な状況もあってアウェーでは2:0で敗戦したとはいうものの、中国リーグのチャンピオン山東魯能に対して落ち着いてゲームに入った。                                                  

山東の選手はC大阪の選手に比べて平均4.5cm身長が高いということで白いユニフォームがとりわけ彼らのフィジカルの優位さを見せているようだったが、スピードのあるパスサッカーを特ち味とするセレッソのボールキープが上回り、何度もゴール前に攻め込むもフィニッシュの精度の低さからなかなかゴールが割れず見ている者もストレスがたまる。前半39分にようやくピンパオンのゴールで先制。                            

対する山東魯能はなぜか攻撃の形も決まらず、モタモタすることが多く??という感じで前半終了した。後半、ますます雨脚の強くなった長居スタジアム、両者の攻防はいっそう激しくなるだろう、山東のパワープレーなどもすごいかも、と大いに期待した?のだが、なぜか元気がなく単調なカウンターでの攻撃に終始、しかもフィニッシュの技術も低い。その間セレッソは中盤でのパスミス多発しながらもピンパオン→小松→清武と胸のすくようなシュートを決めた後、最後までスピードの落ちなかった乾が続いてゴール、さらに後半30分を過ぎて倉田秋がダメ押しのシュートを決めて終わってみれば4:0の圧勝という結果になった。(写真最上:喜ぶ乾と清武、写真下はダメ押しシュートを決める倉田) セレッソ史上初のACL出場である。     

惜しむらくは、次第に焦りはじめた山東にラフプレーが頻発、相手と接触すると必ず「肘つき、押し、足掛け、蹴り」などの「カンフーサッカー」が横行。あれほど国際的にひんしゅくを買い、中国サッカー連盟も「カンフーサッカーという汚名の返上」を標榜しているにも関わらず、である。(イェローカード6枚、レッド1枚) これには中国のメディアも厳しく山東のラフプレーを批判していたとのことだった。                                    

ところでこの日行われたもうひとつの試合:ガンバ大阪vs天津泰達戦は就寝間際にスポーツ ニュースでハイライトのみ見たのだが(万博スタジアム)、遠藤の見事なフリーキックで先制、後半ロスタイムに宇佐美がPKを決めて2:0で勝利した。(その結果、ガンバ1位抜け、天津2位抜けが決まった。)このPKは相手ディフェンスを振り切ってゴール前に駆け上がった平井を、飛び出してきた天津のGKがタックルで転倒させ(転倒させるのが目的のはっきりしたファウル)の危険プレーということで一発退場になったことから生まれたものだった。このPK,なぜ平井が蹴らずに宇佐美が蹴るの? PKもらった平井が蹴るのが当然でしょ、と少し納得がいかないキッカーだった。(写真下:万博スタジアム、雨の中の勝利)Photo_2                            

結局、決勝トーナメントに勝ち上がった東アジア8強(日本4、韓国3、中国1)の第1戦は何とC大阪(G組2位)vsG大阪(E組1位)という大阪ダービーになってしまった。(泣)  でもどちらが勝ってもいいからエキサイティングないいゲームをして欲しいものである。                  

付記:① セレッソ・キャプテンの茂庭、山東に煽られて思わず応酬しイエロー2枚目。(従って次試合には出られない)FC東京時代はジーコジャパンの代表選手にも選ばれたベテランなのにこの軽率。まったくウンザリしてしまう。                  

韓流にはまる日々・・「幸せな女~彼女の選択」

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3・11の大震災以後、落ち着いてドラマなど見る心境にない日々を過ごしてきたが(被災者でない私ですら)さりとてTV放送ももっと見る気がなく(サッカーの実況と就寝前のニュース、それと特別報道番組などは大体見る)、午後や夜のヒマな時間にレンタルの韓国ドラマを再び見始めた。韓国ドラマも1990年代の作品を頂点として次第に質が低下、最近ではこれといった良作に巡り合うことがない。お決まりのメロドラマや、ドタバタもの、あんなに携帯が使われている時代に「確認すれば済む誤解や思い違い」をベースに進むストーリー。(誤解が解けたらこのドラマ最初の30分で終わるよと思いながら見る駄作が多い!)               

最近DVDリリースされた「嘘~偽りの愛(全20話)」は名脚本家ノ・ヒギョンの1997年の作品で一部のコアなファンに”伝説的名作”として愛されてきたものらしいが、現在レンタルショップでは「新作」扱いになっており(2泊3日で料金も高い)、準新作になった1~5本までは見たのだが6から未だ新作だったのが昨日、準新作になり”1ウィーク・レンタル”になったので早速借りてきてもらい今夜から見る予定。(だけど今夜はAFCチャンピオンズリーグのC大阪vs山東魯能の実況放送があるのでそちらを見ることになる)「嘘~偽りの愛」は後日レビューを書くことにして今日は今年に入って見たドラマを紹介。                       

★「幸せな女(ヘンボッカン ヨジャ)~彼女の選択」(2007:全50話 )                              

韓国での視聴率は高く、日本でもかなりの話題になったドラマだとのこと。とりわけ物語りの結末について、視聴者のすごいブーイングがあり(特に日本で?)ネットであちこちのレビューを読んでも「この結末さえなければ。・・・全く最悪の結末!」とケチョンケチョンの感想が殆どだった。ので「じゃあ見てみようではないか」と借りてきたのだ。                                        
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ものがたり:ヒロインのジヨンは父がなく祖母と母がキムチを作って生計を立てる(決まった高級料亭に降ろ す)貧しい家庭の次女。大学卒業後、同級生の会社社長の御曹司(次男)ジュノと周囲の反 対を押し切って熱愛結婚し、夫の母にに疎まれながら、一切の経済的援助も受けず、マンションのローンを払いながら共働きをしている。夫はエリートサラリーマン、ジヨンはアクセサリーデザイナー。(後に同僚と起業。)ところが夫が高校時代の同級生ハヨンと一晩の浮気をしてしまい、その後積極的なハヨン(ハイソのお嬢様)につきまとわれ、とうとう妻ジヨンの知るところとなる。                                                            

真面目で完ぺき主義者?のジヨンは信じていた夫の裏切りをどうしても許すことが出来ず、Photo_5 夫が「あくまで成り行きの浮気で絶対にハヨンを愛していない」と許しを請うのを振り切り、とうとう離婚してしまう。夫は失意のままニューヨークに転勤、ジヨンはその後妊娠していることが分かり密かに女児ウンジを出産する。           

親友とアクセサリーの会社を起こしたジヨンは家を出てウンジを保育園に預けながら働くのだが、以前、市場でスリに会ったとき出会ったことのある刑事テソプと再会し、次第に心を許しあう仲になる。テソプは犯人に刺殺された先輩刑事の遺児を引き取り育てており、保育園が同じでお互いの住居も近所だった。(写真左下:ジヨンの娘ウンジ)   
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・・・ここから韓国ドラマお決まりの「まずありえない奇想天外?な人間関係の設定、運命」が物語りを劇的に展開させ、ふたりを不幸に巻き込んでゆく。 実はヒロインのジヨンの父はジヨンが幼い頃、家族を捨てて家を出ており(遊び人で女に弱い最低の男だった)、ジヨンも実はそんな父がどこかで生ませた子を妻(コ・ドゥシムさん扮する)が育てあげた娘で、そのため姉と妹とは母違いのだったが、育ての母もばあちゃんも分け隔てなく彼女を可愛がって育て、3人姉妹も仲がいい。彼女たちは父出奔後はいっさい父と会っていない。 (写真左からばあちゃん、オンマ、姉、妹夫婦)            
Photo_7 ところが妻子を捨てた父は現在では人が変わったような真面目人間になり、再婚して一男を設け、小さな自動車修理工場を経営している。その再婚相手の女性の連れ子がジヨンの現恋人のテソプだったのだ。テソプは母の再婚に反発して家を出て(中学生の頃?)働きながら大検を受けて大学に入り刑事になり、現在では時たま実家にも足を運んでいる。(写真下:テソプ家族・父親違いの弟ジフンは兄になつきますが、実母は息子の選んだ相手を徹底的に拒否する。(夫の元妻への嫉妬から?)義父はテソプにすまなく思っており、ふたりは結婚してもいいと思っている。戸籍上も何の問題もないし。チャン・ヨン氏扮するテソプ義父はどう見ても昔そんなワルい奴だったと思えない。)Photo_11                            
3年後(ぐらい?)に帰国した元夫ジュノは相変わらずジヨンに未練があり、周囲にすすめめられPhoto_13 てやむなく浮気相手だったハヨンお嬢様との結婚をいったんは決めるが、やはり破棄。ましてやジヨンが育てている我が娘ウンジの存在を知っていよいよ未練が増し「復縁がだめならばせめてたまに娘に会わせて欲しい」ということでたびたび娘を連れ出し、とうとう実家につれて帰り、両親に会わせたりもしはじめる。ウンジもジュノを「アッパ、アッパ」と慕う。ウンジを可愛がる元夫にヨンジも次第に態度を柔らげるが復縁の意思は全くなく、心はすでにテソプの元にあり、揺れることがない。Photo_12 一方でジヨンとテソプは結婚を決意するものの、ジヨンが夫の娘であることを知ったテソプの実母と、同じくジヨンの育ての母のヒステリックなまでの反対にぶつかる。テソプは「法律上は親の反対があっても結婚できるのだ」とジヨンを説得するが、ジヨンはテソプ母が心臓病(持病)発作で死ぬ恐れがあることから結婚に踏み切れず、喫茶店に呼び出されて実母に会い、別れる事を懇願され、心臓発作まで起こされたのでは、別れを決意する以外になくなる。        

そして元夫の実家や自分の家族たちの「復縁が子どものためにも最良の選択」との大合唱に負けてとうとう復縁を決意する。(写真左から元夫ジュノ、舅、姑、兄夫婦)       

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そして最終回:夫との復縁を決意したジヨンは」夫の実家(リッチな豪邸)に娘を連れて出かけ、夕食後TVを見て皆がくつろいでいるとき、たまたまニュースで「刑事(テソプ)が犯人逮捕の際、銃に撃たれて危篤」というニュースが流れる。驚愕したジヨンは我を忘れて外に飛び出し、タクシーを拾って去っていってしまうところでドラマは終わる。・・              

さて大ブーイングの起こったのはこの結末だ。                             

*前後の見境いなく飛び出していったジヨンの行動に批判集中。「元夫や幼い娘を捨ててしまったの?」「テソプは危篤のままドラマは終わったけど、生死はどうだったのか?視聴者に知らせるべきだ。」「あの後、彼女は病院から再び元夫の元に帰るのでしょうか?」「ちゃんと話を帰結させてほしい」などなど。「最終話をみてこのドラマの評価が下落した」という意見もあった。さらに「単なる出来心で浮気をし(相手に押しまくられて)深い仲にもなっていないのに何故夫を許さないのか」「夫はその後ずっとジヨンを愛し続けており、幼い娘にもなつかれ誠実な男なのに」・・など”彼女の選択”の誤り?に批判が集中しているようだ。(写真下:元夫と娘を置いて飛び出すジヨン。どなたかのブログの写真を無断でお借りしました。)Photo_14

ところで私の感想: *ジヨンがラストに裸足同然で危篤のテソプの元に駆けつけるのはそんなに不自然でひどい結末とは思えなかった。たしかに幼い娘を元夫のもとに残していくのはどうかとか、突然すぎて突拍子もない行動ではあるが、彼女はあそこまで行ってああいう行動をとらずには(つまり分別の勝ったお利口さんでは)「彼女の本心の選択」ができなかったのではないかと納得した。「育ての母親の反対、とくにストレスの心臓発作で死ぬかもしれないテソプのPhoto_15 実母の反対」という大きな壁を乗り越えるためにはテソプの危篤という状況が必要なのかなと。危篤のテソプの生死とかは二の次の問題、というより視聴者の想像に任せるオープン・エンディングになっている。おそらくファンの激しい賛否両論の声の中でハッピーエンドになるか(テソプの命が助かってウンジ、ジヨンたちと結ばれる)、それともサッエンド(テソプが死ぬ)かは視聴者の想像に任せたのだと思われ、これはこれで良しと思った。    

「幼い娘には父親が必要」というがテソプは充分にいい父親になる人物だ。血のつながりは関係ない。(写真:先輩の息子を育てるテソプ。)                           

次にジヨンが相思相愛の夫が成り行きで浮気したために離婚するのは「そこまでしなくても?許してやる道もあるよ」とは思わないこともないが、まだ若くて完全主義者のジヨンが悩んだ挙句それしかなかったことも充分ありうる。                             

*最後に相変わらず理不尽な理由で若い人々の結婚に頑強に反対する人々(特にオンマやハルモニ)にはいつもうんざりする。しかもその理由が自分の感情や世間体によるもの、家格や経済力の相異などで、こどもの幸せを願うことから来ていないのが腹立たしい。日本ではあそこまで親が子の結婚に反対したり、くちばしを入れることは殆どないのではないだろうか。(セレブの社会にはあるのだろうか)                              

このドラマ、評判が良くて予定を越えて放送回数を引き伸ばした由。問題になった結末については「視聴者の反響、意見が、復縁か新たな結婚かで相反した為、ああいうことになった」ということらしいです。韓国ドラマの脚本家は放送と並行してシナリオを書くそうだ。つまり視聴者の反応や視聴率を見ながらストーリーを展開させるのだとか。良し悪しでしょうが、初めからきちんと完結した作品の方が質が高くなると思う。従って私はむしろ「ミニシリーズ(16~20話で完結)」の方が好きです。                                   

最後にちんたらちんたらしながら長々と見てしまう理由のひとつは周辺の人々(家族)を見たいから。庶民の三世代(殆ど)家族、セレブの家庭(かなりステロタイプ化してきている感じだが)などと若い世代、中年、老人などさまざまな人々が生きる有様がとても興味深い。とくにハルモニ(ハラボジよりも)たちの達者な演技者が多くてなぜか癒されます。ジヨンの育ての母になるコ・ドゥシムさんは今回は頑として娘の結婚に反対するのがファンとしては少々憎たらしい。Photo_10

そして春の日は過ぎ行く・・・小さな我が家の庭にもさまざまな花が咲いて

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未だ復興のプログラムの不明な東北大震災のすざまじい爪あと、さらに収束の見えない原発の大事故。「福島は緑の山々と花の咲く村々、青い海の本当に美しい土地」と聞いている。(私は汽車で通り過ぎただけだが)今、その地に帰郷するあてもなく一瞬で失った家族を探すこともできない人々は日々、どうやって自分を失わずに生きておられるのだろうと胸が痛むなどと簡単に書けない思いだ。私が住んでいる町も原発の電力に7~8割方を依存することによって快適な生活を享受しているが、いざ事故が起これば(若狭の原発密集地)飲み水はおろか、数百万という人々の安らかな日常生活は失われるであろう。そんなことを毎日思いながら過ごす日々、しかし我が庭にも春は訪れ、過ぎ行こうとしている。しだれ梅、菊桃というはなやかな花は大震災の起こった前後だったため、愛でる余裕もカメラを向ける暇もないままに散ってしまった。そして今朝、ようやく現在咲いている花を撮ってきた。(デジカメが10年以上前に買ったモノで全然うまく撮れないのですが)                           

写真上はライラックの木。矮牲で1mほどの大きさなので小さな庭にちょうど良い。30センチほどの苗木を種苗会社の通販で買って、後は放ったらかし。あれやこれやの植物に囲まれても健気に毎年咲いてくれます。                                   Photo_3 薄いブルーのクレマチス(名前は札落ちして不明)が今年初めて花をつけた。(写真左)ネット の専門業者から数種類の苗を買い、酷暑で全部枯れたと思いきや、地下茎は生きていて芽吹いたのです。                

あちこちのブログを覗くとクレマチス・ファンがとても多く、各々コレクションのきれいな花々を載せておられるので、つられて買ってしまったのだ。業者のサイトにはさまざまな形、色の素晴らしい花が沢山あり、ネーミングも「清姫」「プリンセス・ダイアナ」など素敵。誘惑に負けずにこれ以上増やさない決意をしています。

写真右の真紅の花は「星のフラメンコ」。2輪咲いたばかりでも存在感ばっちり。小さな鉢なのであといくつ咲いてくれるだろうか。       Photo_4             

写真下の花はクレマチスの中でも「モンタナ系」といわれ長く茎を伸ばして広い面積の垣根などを覆い尽くすように仕立てるといいとか。我が家はそんなことムリなので、ようやく狭い空間に初めて咲いてくれた。名前は「ローズ・バッド(バラの蕾)」。伝説的アメリカ映画「市民ケーン」(1941・米)は新聞王ウイリアム(実在だった) のスキャンダラスな生涯を名優オーソン・ウェルズが脚本、監督、主演した映画で、私も学生時代に名画座で見た。ウィリアムの最期の言葉が「ローズ・バッド!」(謎のこPhoto_6  とば)でしたね。謎は明かされますが・・。うすいピンクの釣鐘状の花がモンタナ系の特色で「プリンセスダイアナ」も蕾をつけていたのに昨日あたりからしおれかけているのです。クレマチスはむづかしい花です。Photo_10           





シンビジュームが季節外れに咲いていた。お正月に室内用に商品化されているが、放っておいたら寒さにも慣れて春になってから毎年さいています。Photo_7       

シャクナゲは苦手な暑さ(とくに昨夏はすごかった)にもめげず花をつけた。木が大きくなるのと樹形がいびつになるのであまり歓迎しない花だが、数年前に「シャクPhoto_8 ナゲ園」で買ったモノ。             
クンシランはふつう鮮やかなダイダイ色だが、これは薄い黄色。随分以前に種苗会社から小苗を買ってここまで大きくなった。夏の暑さで葉っぱを沢山ヤケドさせてしまったが、色がめずらしいので玄関前に置いておくと通りがかりの人が声をかけてくれます。Photo_11




「紫ラン」は小さい頃、田舎に沢山咲いていた懐かしい花。我が家ではいっこうに群落になってくれない。バラが咲き出したらまたアップします。自慢するほどの出来ではないのですが・・。Photo_9                         

魅惑的な花が開いたかのような安藤美姫の華麗な演技、そして真央とヨナ・・2011:フィギュア世界選手権

 
文句なしに素晴らしい金メダルの演技だった。SPでの薄いピンクのコスチュームに包まれて踊った優雅でやさしいプレー、フリーのパワフルでありながら大人の女性の成熟を漂わせたほぼ完璧な演技は、堂々1位を得るに何の異議もないものだったと思う。私(ブログ主)個人的には今まで安藤は好みの選手ではなかった。個性的過ぎるエキゾチックな容貌に合わすためかどぎついまでのメイクに金銀や赤のコスチュームでの「カルメン」「シヘラザード」「サムソンとデリラ」などは、反って彼女の小柄で華奢(悪く言えば貧相)な身体が負けてしまうような印象を与えることが多かった。                                    
Photo_5
前々回のトリノ・オリンピック前後の不調(好調な中野友加里をさしおいて何故選ばれたの?と思ったこともある)、年ごとの好不調の差の大きさ、いざというときにベストが出せないメンタル面の弱さ、怪我など彼女につきまとう不運?に私自身の安藤への期待度は低かったのだ。それが・・23才にして大人の女性の成熟を身に着けた彼女の、以前とはひと皮むけたような技術的にも豊かな表現力も兼ね備えた魅力に溢れるスケーターとして2度目の世界選手権に帰ってきたっことは心からからうれしい驚きだ。エキジビションの「レクイエム」などは現在の彼女の最高の演技だと思った。(勿論、今季の彼女は4大陸大会、グランプリシリーズなどフリーは全てトップという好成績を勝ち取ってきたのではあるが。)             

そして、浅田真央とキム・ヨナという因縁の「クラシコ」。浅田は昨年の世界選手権でヨナを抜いて金メダルを獲得したとはいうものの、その後「現在の国際フィギュア連盟の判定基準」に不利な自身のそれまでのジャンプを基本から修正するべく、一からの立て直しに取り組む1年を過ごしてきた。おそらく彼女の最大の武器(三回転アクセル・・現在では彼女しか出来ない)を3回跳んでも、ヨナに20点の差をつけられて銀メダルに甘んじたバンクーバー・オリンピックが、一大決心の契機になったのではないだろうか。(私自身はそんなに差はないように思ったが・・。たしかにむつかしく暗い曲「鐘」に対してヨナのボンドガールはわかりやすく誰もに親しみがあり彼女の持ち味を存分に出していたとは思う。)      

現在、未だ基本の修正中である真央は半ば心の病気でもあるかのように異常なまでにやせ 細った身体と精気のない表情で現われた。(大震災のショックで1週間練習を休んだとか)しかし(以前の真央と比べるべくもないとは言え)、さすがに真央独特の品位にあふれたエレガントな演技は失われておらず、薄紫のコスチュームに包まれて踊ったFPの「愛の夢(リスト)」は見る者の心を捉えて離さず、今後の復調を暗示しているかに思われた。 Photo_7        

ヨナはオリンピックで史上最高点をたたき出した後「目的を達成してしまったのになぜ復帰しなければならないのかずっと悩んできた」というとおり、一度は引退の噂も流れたが、結局1年間公の舞台から完全に姿を消し、新コーチのもとで練習を積み「ジゼル」(SP)、「アリランをメインとする民族音楽」(FP)でプレイするもやはり公式大会の空白からくる?ミスを連発し、それでも銀メダルを得た。新コーチのもとでの新しいプログラム「ジゼル」・・このバレエ曲の古典はなぜかヨナには違和感があり、「アリラン」にこめられた”恨(ハン)を表現するには彼女はまだまだ若く、現代っ子過ぎるように思えたのは私だけだろうか。   Photo_8          

真央とヨナ、ふたりの「10年に一度出るかでないか」という逸材が同時期に出てきたことの不運。(ふたりとも1990/9月生まれ)  「どうしてあのひと(真央)が私と同じ年に生まれたのだろうか。」「真央がミスするのを祈ったことが何度かある」といいながらも「真央ちゃんがいたから、私はここまで来れた」という矛盾。(真央はひとこともこういうことは言わないがもしかして似たような心境だったかも)そして彼らを煽り立てたマスコミ。加えて長年の日韓関係の不幸が騒ぎをより大きくした。                                     

2009年の「練習の妨害騒ぎ」などがその典型だ。表彰台で見せた涙をヨナは「ここまで来れ た道筋の辛さや苦労のあれこれを思い出したから。」とフジTVのインタビューで述べていた。バンクーバーで自己最高をマークした後、目標を失った彼女が新コーチのもとで密かに練習をつみ「一発賭け」に打って出ざるをえなかった(引退が許されず)のは国際フィギュア連盟(ISU)が韓国の唯一のスターを失いたくなかったからか(韓国という有力なスポンサーを失うことになる?)、はたまた今や世界を制するサムスン、ヒュンダイがヨナのスポンサーとして引退を許さなかったのかわからないが、ブログ主としてはヨナにはこれからも観客を魅了する演技を見せ続けてほしいと願っている。

付記:2009年の「練習妨害事件」とは試合前の5分間練習のときに「いつも日本人選手(真央のこと)にぶつかられて邪魔される」なるヨナの発言に韓国サポーターが激昂し韓国フィギュア連盟が日本側に抗議。日本連盟は真央から事情を聞く一方(真央は当然否定)、多くの選手が「短い時間に6人の選手が滑るのだから接触は日常茶飯のこと。」と証言。結局は韓国SBSの誤報道であったとして決着したできごと。

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