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「カズオ・イシグロを探して」(NHK・ETV特集)・・英映画「日の名残り」

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実は放送当日の朝、新聞のTV番組で見て期待していたのだが、夜、気がついたらとっくに終わってしまっていたということでポカで見逃してしまった番組なのだ。カズオ・イシグロの小説「わたしを離さないで」が映画化され、10年ぶりに去年来日したときのインタビューをメインとする番組だったので期待していたのにこのポカぶり。(残念!)                

私がカズオ・イシグロを知ったのはイギリス映画「日の名残り」を観たとき。原作小説があり作者がカズオ・イシグロだったことから・・。その時は「えー?!、こんな純イギリス的な作品を日本人(日系2世か3世?)が書いたの?といぶかったものだが、最近になってカズオ・イシグロ氏についてネットでいろいろ情報を得たのだ。カズオ・イシグロ(石黒一雄)1953年長崎生まれ。父親(海洋学者)の仕事の関係で5才のとき渡英し、そのままイギリスに留まり、1982年にイギリス国籍を取った日系イギリス人。日本語が全く話せないそうだ。      

彼は「The Remains of the Day」(日の名残り)が1989年にブッカー賞(イギリスというよりは欧米で最高の文学賞)を得るや一躍有名になり、現在では欧米で最もよく読まれている作家である。・・ということで「日の名残り」(中公文庫)は近所の書店で入手し、もう大分前に読んだ。映画「日の名残り」(1993)は原作に忠実に1920~30年代のイギリスの貴族社会とそこで働く庶民(執事や女中たち)の日常、そして2次大戦に向かう時代の空気も精緻に描き出し、主人公を演じたアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンは米アカデミー賞(オスカー)主演最優秀賞を得た。                                             
Photo_6 オックスフォードにあるダーリントン卿の豪華な邸宅(ダーリントン・ホール)の筆頭執事スティーブンスは父親から2代にわたってこの邸宅に勤めてきた。完ぺき主義者の彼は多くの執事、召使たちを指揮して邸宅の日々を仕切り、ときにはVIPの集まる宴席でもひとつの落ちPhoto_4 度もないように勤めてきた。スティーブンスは「偉大な執事に要求されるものは巧みな話術や発音などではなく”品格”である。そして”品格”というのは自らの職業のあり方を貫き、それに耐える能力である。」と思っている。名優アンソニー・ホプキンス(シェイクスピア俳優)は原作のストイックで品格のある執事を完璧に演じている。                       

幼い頃から憧れて尊敬してきた父親が老いて働けなくなると掃除係に格落ちさせ、最後に邸宅の屋根裏の小さな部屋で父の最期を看取る。彼に密かに想いを寄せる女中頭のミス・ケントン(エマ・トンプソン)をも受け入れることなくひたすらダーリントン卿に仕える。       Photo_7
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ストーリーは大戦終了後の1950年代、スティーブンスが短い休暇をもらいオックスフォード地方やイギリス各地を旅しながら、執事として卿に仕えていた日々を回顧するという形ですすめられる。                     

大戦後、邸宅は競売に出されてすでにアメリカ人の富豪ファラディのものとなっている。ファラディの要請でスティーブンスは執事として邸宅に残ることになっていたが、この旅の一番の目的はミス・ケントンとの再会であった。そして陰鬱な雨の中の片田舎の町で出会うふたり。しかしミス・ケントンはすでに結婚しており、ダーリントンホールに戻ることを断わる。                                                                        Photo_8 Photo_14
ラストシーン・・再び執事としてこの邸宅で働く決意を強めたスティーブンスが新しい主人のファラディと荒れはてた大広間で迷い込んできた白いハトを追いかける。ハトはバタバタと天井を逃げ回る・・。このシーン、とても象徴的。イギリスの凋落とアメリカの台頭?アメリカの唱える”平和”を表わすハト?、 小説の方はラスト、旅の終わりに自分の人生を振り返って海を見ながら涙を流すスティーブンス。隣に座った男が言う、「夕方が一日でいちばんいい時間なんだ。」               

ナチが台頭しヨーロッパに戦火が迫る1930年代、イギリス国内(とくに貴族)には親独派が多かったということを知った。(もともと現ウィンザー王室もドイツから来ているし)映画の中でダーリントンホールに在英ドイツ大使リッペンドロップを招いてたびたび集まる親独派の人々とPhoto_9 対独開戦を回避する為の会議(晩餐会)。                             
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1938年・ミュンヘン会議で「対独宥和政策」を主張したイギリスのチェンバレンの背景には「ドイツにソ連を潰させる」以外にこういう国内の事情もあったのだろう。シンプソン夫人と結婚して王位を捨てたエドワード8世もドイツびいきで有名。そのためにチャーチルは彼の退位に執着したということらしいし、エドワードは退位後もドイツの協力で何度か復位を狙っていたということを何かの本で読んだことがある。(ナチス・ドイツの方はエドワードを傀儡にしてイギリス制覇をもくろんだ。)映画中、スティーブンスが立ち寄った地元のバーで住民たちがダーリントンホールや親ナチの卿を決して良くは思っていなかったことを知るシーンがある。    しかし(原作では)スティーブンスは「今日、人々がまるで自分は一瞬たりともリッペンドロップ卿(ドイツ大使)に丸め込まれたことはなく、リッペンドロップさまを名誉或る紳士として信じて協力したのは、ダーリントンさまだけであるかのように語るのを聞きますと、やはり違和感を覚えます。リッペンドロップ様は「引っ張りだこ」でさえあったお方でした。」 と当時のイギリス貴族の大半が親独であったことを述懐している。           

 完璧な執事として全ての他の人生の選択をすてて生きたひとりの男。そして彼が仕えた大英帝国。それらは今は老いて、たそがれの中にある。カズオ・イシグロはイギリスの「古き良き時代」を懐かしむイギリス人なのだ。Photo_11                                                          

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