映画・テレビ

久しぶりに映画を見た・・「マイレージ マイライフ」(2009米)

Photo 心が安らかでないとなかなか映画を観る気になれない。(何しろドラマとは密度が違う。)しかし憂さを晴らす手段もなく、ここのところ観る韓ドラがもひとつということもあり久しぶりに映画(DVDレンタル)を観た。「マイレージ・マイライフ」・・原題は「Up In The Air」であるが邦題のほうが内容を上手く表わしている。                                   

ライアン・ビンガム(ジョージ・クルーニー)はオマハに本社を持つ「リストラ後始末」の専門会社の社員。彼は全米の企業から依頼される「リストラ通告代行屋」のプロ中のプロ。1年間のうち300日以上を仕事に費やし全米各都市をめまぐるしく飛行機で飛び回る日々を送っている。彼の信条は「人生は重いバックパックを背負って歩くようなもの。バックパックに入りきらない(または重い)荷物は背負わない。家族、人間関係etc・・バックパッカーは軽いほどいい。」 彼自身すでに中年の域に達しているが結婚しておらず、ワンルームにひとり暮らし、1年の300日は飛行機の中とホテルで過ごす。そして次から次へと依頼される企業のリストラでさまざまな人々と面談して解雇を通告するのだ。                                                    

「われわれの仕事はリストラを宣告される人々の苦痛を少しでも和らげること。」       

勤め先の上司やオーナーに「あなたは要らなくなった」といわれるショックよりも、第三者から丁寧に親身に寄り添われ(プロとしてのパフォーマンス)「このことを前向きに人生の転機と考えて・・。今後の身の振り方についてのお手伝いもします。その袋に資料一式が入っていますから。」といって渡す資料も実は3ケ月分程度の給料と半年程度の健康保険証だけなのだが・・。     

そんな彼に二人の女性との出会いが訪れる。ひとりはたまたま旅先で知り合ったキャリアウPhoto_2 ーマンのアレックス、もうひとりは新しく入社してきた、アメリカでも超名門のコーネル大学を首席で卒業したナタリー。ナタリーは「社員が莫大な出張費を使って全米を飛び回るのは大きなロス。本社のPCで解雇通告をしたほうが効率的だ。」と提案し会社も乗り気になる。ライアンはナタリーの提案に愕然とする。「少なくとも解雇される人に最低のリスペクトを払うべき。最低でも生身の人間が会って告げるべきだ。」「彼女は現場での仕事を一度は経験するべきだ。」というライアンの意見によってライアンとともに研修?の旅に出ることになる。「超エリートなのになぜこんな仕事を選んだんだ?」「恋人を追ってきたから。」                                            

ライアンはナタリーに旅の仕方から始め仕事のコツを全て伝授する。「バックパックは可能な限り軽く・・旅の仕方はアジア人が最も上手いんだ。」「それって人種差別よ。」(なぜ人種差別になるのか私はわからなかった?)かくいうナタリーも「恋人は白人でホワイトカラーのみ」と豪語する白人女性。しかし新人のナタリーは「解雇通告」現場に立ち会ってこの仕事の非情さに愕然とする。                                           

一方アレックスと”いい仲”になったライアンは「あくまで旅先で会うだけの割り切った関係。愛だの結婚だのとは無縁」というルールを作りひとときの安らぎを楽しむ。Photo_3             

おりしもライアンの妹が結婚するという知らせが届き、彼は急遽アレックスを伴い故郷の町に帰る。日ごろ連絡のひとつもしないライアンに姉は「あなたはいつも家族と無関係に生きてきた。家族の一員とは考えなかった。」となじられる。前夜のパーティも和やかに終わった結婚式の当日、新郎ジムが突然「結婚はしない」といいだす。「結婚した後、年老いるまでの道すじが全部見えている。つまらない人生だ。ライアンの自由な生活が羨ましい。」というジムに「人生行き着く先は皆同じだ。しかし君は過去を振り返って”しあわせ”だった想い出もPhoto_4 あるだろ。そのときひとりぽっちだったかい?それとも傍に誰かいた?」と説得、ジムの迷いを翻意させ結婚式は無事終わる。姉は「あなたも家族の一員ね。」とライアンを頼母しがる。故郷の人々は寄り添いあい、時にはいさかいながらもあまりにも濃密に人間臭く生きていた。    

この頃からライアンの気持ちも次第に揺らぎはじめる。「本当にバックパックの空っぽの人生がいいのだろうか? 人間関係を面倒だと切り捨ててしまっていいのか?」 仕事に戻った彼は突然、飛行機にのりアレックスの住むシカゴに向かう。前触れなく訪れた彼女の家には夫やこどもがいた。「私にとってはあなたは日常の憂さを晴らす非日常の中の存在。それ以上に何を求めるの?」と問われるライアン。                                            

ライアンは再び仕事に戻る。一方本社ではナタリーの提案で「出張なしのデスクのPCでの解雇通告」プログラムが始まり、ライアンの「In The Air」人生も終わり彼もデスク人間になるかに見えた矢先、PCで解雇通告をされた女性が(ナタリーに)「いいわ。死んでやるから。」といったとおりに橋から身投げして死んでしまうという衝撃的な事件が起こり、会社は世論を恐れて再び「出張」に戻す。ライアンの「出張人生」が再び始まった。「辞職届」をメールで送り退社したナタリーを気遣うライアンだったが、ナタリーは振られた恋人を追いかけて、LAで再就職したのだった。(ちゃっかり現代っ子!)ライアンは彼女の再就職に際して前上司として彼女の優秀さをアピールする推薦状を書いてやるのだ。今までだったらおそらくしなかったであろう彼女との人間関係ができた(それがいかに希薄であろうと)彼の行為だった。

ライアンは「出張」のため、身軽ないでたちで再び机上の人になるべく空港に向かう。      

そしてラストシーン、ライアンのセリフ「空が俺の帰る場所だ。」 しかし彼の行動は矛盾するように思えるのだ。キャリーバッグを運ぶ手がキャリーバッグのバーから離れるショット、次にライアンは全世界に飛ぶ飛行機の発着時刻表の前に立ち、表を見上げる。→ライアンは再び今までの日常に戻ったのか、それとも自由などこかに飛び立ったのか?ネットでいろいろなレビューを見ても解釈はそれぞれに違い、いわゆる観る人に解釈を委ねるということなら私は後者を強く感じたのだが。             

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* サブプライム・ローン破綻から始まるアメリカのすざまじい不況の実態をシンプルに切り取り、「リストラ請負業」(これは日本にもある?)の盛況を見せる。ライトマン監督の前作「サンキュー・スモーキング」と手法は同じ。社会の深刻さをあまり重くならずに見られるが、私にはこの手の映画はもひとつ??だ。しかしジョージ・クルーニーは現在のアメリカを代表する名俳優。ゴールデングローブ賞に輝きオスカーにノミネートされ、映画自体も多くの栄冠を得た。                                           

*解雇される人々が「家族のために働いてきたが、この苦境も家族が支えてくれる。」と異口同音に話すところに監督の(小さくはあるが)メッセージを感じた。おそらくライアンの気持ちの揺らぎの伏線でもあったと思われる。                                

*アレックスとナタリーというふたりのキャリアウーマンもおそらく現代アメリカ女性の典型なのだろうか?しかし彼女たちはふたりとも「家族」「恋人」という”重い”荷物をバックパックに入れているのも興味深い。                                        

* ライアンは航空会社のマイレージ(フライト距離に付くサービスポイント)を貯め、史上7人目の100万マイル達成を間近にしている。すでに現在でも「ゴールドカード」の持ち主で超VIPの待遇を受けている。(ラスト近くに100万マイルを達成し、世界一周飛行の特典を得てこれをお金がなくて新婚旅行のできなかった故郷の妹夫婦に進呈するのだ。)Photo_7

           

幸せな気持ちになれる映画を見たくて・・・「幸せのレシピ」(2007・米)

   Photo 暑さに弱く、辛い思い出のある夏を乗り越えるのが大変。ましてや「心臓」「こころ」の両方のDr.にかかっている日々である身にとっては。ここ数日”戻り梅雨”というか、むしろ”夏の終わり”を感じさせるような天候のため、少し元気を取り戻してはいるが、豪雨警報の出ている地方や大きな被害のあったソウルの人々はそんな気楽な状態ではないだろう。         

韓国ドラマもそろそろ見尽くした?このごろ、何かこうハッピーな気分になれるような映画が見たいと思いつつTVをつけたら(先日)『幸せのレシピ』をやっていた。この映画はすでにDVDがone week rental になってすぐに借りて見ていたので、改めて2度見たいとも思わなかったが見たかった動機がアーロン・エッカートが出ていたからなので、再び”アーロン見”のため最後まで見てしまった。監督はスコット・ヒックス(「シャイン」「ヒマラヤ杉・・」)、ドイツ映画で高く評価された「マーサの幸せレシピ」のハリウッド版リメイクだ。                  

マンハッタンのレストランでシェフ長を勤めるケイト(キャサリー・ゼタ・ジョーンズ)は努力家で頑固、プライドの高い完全主義者で、恋も結婚にも無縁な料理ひとすじの人生を歩んできPhoto_5 た。ところが姉が事故で死んでその一人娘の小学生ポーラを引き取ることになり、母を失って傷ついている姪の小学校への送り迎え、日々の世話などがのしかかってくる。おりしも職場にはニックというシェフが新しく入ってきたのだが、彼はロクにまともな料理学校にも通わずイタリアでプータローをしているうちに料理にはまり実地からこの世界に入った男。しかしケイトの地位を脅かす辣腕家だった。                                  

このふたりの出現により完璧な料理人であるケイトが変わっていく様子を(ほぼ見る者の予想通りに)描いていく。そしてタイトルどおりにラストは勿論ハッピーエンドで終わる。     

マンハッタン界隈、一人暮らしのケイトのアパート、そしてNYで暮らす人々の日常などが、落ち着いた色合いできれいに描かれている点ではさすがにスコット・ヒックスだが、作品自体はこれといった見るべきものもないベタなアメリカ映画で、少し期待はずれだった。ドイツ映画の「マーサの幸せレシピ」を是非見てみたい。                             

ただケイトを演じたキャサリン・ゼタ・ジョーンズが(ハリウッドのトップ美女スターのひとりだと思うのだが)好演。この人は単なる美人女優に収まらず汚れ役でも何でも熱演する。(「トラフィック」「シカゴ」など)私は彼女のこういうプロ意識が好きだ。まあ、他愛ない映画といえばそうなのだが”殺人、凶悪犯罪、難病、死”などのシーンとまるきり無縁なのが良かった。  

ところでニック役のアーロン・エッカート、いい男です。初め見たのが「抱擁」。イギリス古典Photo_2 文学の研究者役でグィネス・パルトロウと共演。原作がブッカー賞をとった小説でイギリスの田舎の古い屋敷、19世紀のヴィクトリア朝と現代を行き来して2組の恋人たちを描くという私の好きなタイプの映画(イギリス臭プンプンの)でこれでアーロンのファンになった。  

その後「エリン・ブロコヴィッチ」「サンキュー・スモーキング」「ブラックダリア」などに次々と出演、とにかく大物スター女優の相手役としてスターを引き立てつつも自らの個性もばっちり出せる稀有な俳優なのだ。ただし最新作「ダークナイト」は見ていない。                 

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あまりにも知らなかったイスラエルの内情・・・映画「約束の旅路」

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イスラエル。第2次大戦後の1948年に建国されたユダヤ人の国。19世紀末から次第に高まったユダヤ人のシオニズムは旧約聖書にあるユダヤ人の故郷シオンの丘(エルサレム)に帰ろうというパレスチナ帰還運動となった。それは最初はユダヤ人個々の入植という規模であったが、イギリスのユダヤ系財閥・ロスチャイルドとイギリス政府の支援によってユダヤ人国家の成立という形で実現した。

私のあいまいな世界史の知識によると、地中海東岸のパレスチナの地にユダヤ国家が繁栄したのはB.C.1000年頃のダビデ王、ソロモン王の時で、その王国も紀元1世紀頃ローマの支配下に入り、ユダヤ人は各地に離散したという。(旧約聖書の伝説による)イエスが生またのはこの頃のことだといわれている。                          

何しろそれは今から2000年以上も前のことだからその後ここはアラブ人の居住地になり、長くオスマン帝国の支配を受けることになった。しかし帝国の衰亡とともに勢力を伸ばしたイギリスは第1次大戦中にこのパレスチナの地にユダヤ国家を建国することを約束していた。(バルフォア宣言) しかし他方ではこの地のアラブ人に対しても、アラブ人のトルコからの独立運動を利用するためにアラブ人の独立国家建設を約束したのだ。(マクマホン宣言)                                      

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「アラビアのロレンス」(1962/イギリス映画)はアラブのベドウィンの英雄「鉄道爆破王」ロレンスが、アラブ人を率いてオスマン・トルコからの独立をめざして戦った結果、イスラエルを建国させた祖国イギリスに裏切られ、自殺(事故死説もあり)するにいたる悲劇を描く壮大な叙事詩的な映画だった、。 Photo_2           

イギリスがパレスチナの地にユダヤ国家を建設する後押しをした意図は、西アジアのアラブ人の独立運動への牽制、および第1次大戦後にソ連の援助で独立した東欧の国々の監視のため。建国されたイスラエルはユダヤ人をヨーロッパ各地からどんどんパレスチナの地に入植させ、国土を広げる膨張政策を取ってきた。私は以前「イスラエルの国土はそもそも何%程度が合法的におカネを払ってアラブ人から買い上げものか」という疑問を持ち、調べてみたら凡そ20%以下でしかなく、あとは数百万人の貧しいアラブ人を強制的に追い出して占拠し、領土にしたものだった。
                                                       (写真下:エルサレム。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教の聖地であるため、国連はイスラエルの領有を認めていないが、事実上、西エルサレムはイスラエルが占拠、東エルサレムにもユダヤ人の居住者を増やして領有を狙っており、そのためヨーロッパ各地からのユダヤ人の受け入れは現在もますます進められている。)Photo_2                             
現在イスラエル国内には約130万のパレスチナ人(アラブ系)が住んでおり、公私さまざまな差別どころかテロによる生命の危険にさらされている。(イスラエル全人口約650万)さらにイスラエルは 核兵器を持ち、国家予算の30%程度?をアメリカが拠出している。                                           

ところで映画「約束の旅路」(仏2005)について。現在イスラエル国内の最下層を形成するエチオピア系イスラエル人(人口約9万)のことを知りたかったから見たのだ。                 
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ものがたり:1980年代、大干ばつに見舞われたエチオピアでは多くの餓死者が出、さらにソ連の支援を受けた当時の軍事独裁政権による国民への弾圧(虐待)は多くの難民を国外に流出させた。かれらは何百キロの砂漠を横切る死の脱出行を経て隣国スーダンの難民キャンプにたどり着く。(写真上:スーダンの難民キャンプ)                          

主人公の少年(9才)もまた母とふたりで苦難の旅のあげく難民キャンプで暮らしている。母はある日同じキャンプで子どもを亡くしたばかりのエチオピア人ユダヤ教徒の女性に「この子をあなたの子として連れていって」と頼み、当時(1984)イスラエルとアメリカが行っていた難民救出作戦によってイスラエル逃れることができた。(写真下:大規模な難民の輸送「モーゼ作戦」)Photo_3               Photo_4
「絶対、キリスト教徒であることを隠してユダヤ教徒のふりをするのよ。あなたは私の息子、名前はソロモン、父はイサク、おじいさんの名前はヤコブ。それ以外のことは聞かれても黙っていること。」としつこく言い聞かせた女性(2番目の母?)も途中で亡くなり、ひとりぽっちのソロモン少年はイスラエル入国後、ヨハム(養父)、ヤエル(養母)とふたりの子のいる家庭の養子として引き取られる。Photo_5                                             

いつ、自分がユダヤ教徒でないことがばれるのかという恐れで誰にでも打ち解けられない日々、そして旅の途中で亡くなった母(見知らぬ女性)が「イスラエルは地上の楽園、蜜と乳の流れる約束の土地」といっていた国は、実はエチオピア系ユダヤ人を「ファラシャ(よそ者)」として差別する国だった。学校でクラスメイトの母たちが校門前に集まり「シュロモ(ソロモン)の皮膚の湿疹はエイズのため。彼を学校に来させないで。」と口々に叫ぶ。養母ヤエルは、彼らの前でシュロモを抱きしめ、ペロペロと頬の湿疹を舐めキスをし「エイズじゃない。ストレスで皮膚病になっているだけ。この子は世界一美しい子よ」と言い返し学校に通い続けさせる。夫婦は実のこと同じようにシュロモを愛し育てる。Photo_6                                              
実は養父母は「無神論者左派」と呼ばれる人々でそれを世間に隠すこともない。(イスラエルにはこういう人々もいることを知った。)、シュロモが実はユダヤ教徒でないことも本当は両親に隠す必要はなかったのかも知れないがシュロモはあくまでエチオピア系ユダヤ人であるふりをし続ける。シュロモが最も信頼するのはエチオピア人のラビ(ユダヤ僧侶)ケス・アムーラ師。TVで彼を知ったシュロモは彼の独居を訪ね、実母への手紙を代筆してもらうのだ。(シュロモは母国のアムハラ語を喋れるが書けない。)以後アムーラー師はシュロモの心の支えとなる。しかし彼にも自分の素性を明かそうとはしない。Photo_7
キブツに入ったシュロモはここでもひとりぽっち。しかし訪ねて来た養父の父であるおじいちゃんはキブツの創設者のひとりだが「民族や宗教の違いを超えて皆で土地を分かち合い愛を分かち合うことが大切。」だとシュロモにいう。                          

高校のクラスメイト(だったかも?)のサラと恋に落ちたシュロモは、サラの父に徹底的に嫌われる。彼はアシュケナジムのポーランド系ユダヤ人でファラシャを侮蔑している。Photo_8
イスラエルの上層部を構成するのはアシュケナジムと呼ばれるドイツ、東欧から来た人々とセファルディムと呼ばれる南欧系の人々。アシュケナジムは」ソ連崩壊時に激増した。指揮者・ピアニストのウラディミル・アシュケナージもここから来る名前なのだろうか?                                               

シュロモは支離滅裂な存在である自分のアイデンティティは?、とうとう思いつめて行きずりの交番で「私はユダヤ人ではない。キリスト教徒です。」と名乗り出る。中年の警官はシュロモにいう。「最後まで耐えろ。そうしたら俺がお前に仕事を見つけてやる。」彼もまたかってユダヤ人として差別を受けてきたつらい経験から「ファラシャ」である少年に暖かかった。

成人したシュロモは、祖国に帰るために医師になることを決意し、パリに留学する。

1994年、TVでアフリカの大干ばつ、キャンプでの赤痢の蔓延を知った医師シュロモは「国境なき医師団」に参加しスーダンの難民キャンプに赴く。反対したサラもシュロモの子を身ごもって初めて彼の「母親探しの旅」を理解するのだ・・そしてスーダンのキャンプに赴任することを決意する。そして難民キャンプに戻った彼は・・。 

イスラエルの内情を殆ど知らなかったので2時間を越える映画だったがあっという間に見た。次々と三人の母に守られて成長したシュロモ。(監督は会見で「4人の母(サラを加えて)」と述べている。                                         

演じた青年俳優シラク・M・サバハもまたエチオピアからの死の逃避行をしてきたファラジPhoto_10 ャだということです。                                         

エチオピア山中に古くからユダヤ教徒がいたことについては「ソロモンとシヴァーの末裔」「モーゼのエジプト脱出の際、一行の一部の人々が住み着いた」など諸説があるがいずれも学問的は定説はないということだ。イスラエルがアメリカの支援で「モーゼ作戦(1984-5)、ソロモン作戦(1991)によって数万人のエチオピア人難民を救出してイスラエルに輸送したことについては「両国の難民救済プロパガンダ」でもあったが(エチオピア系ユダヤ教徒だけを選別したことも理不尽)、当時イスラエル国内ではパレスチナ人が急増していたため危機感を持ったこと、とりわけ東エルサレムを占拠するためにユダヤ人口を増やすという政治的意図があった。                                       

映画「約束の旅路」は各地の映画祭で多くの賞を得、日本公開に際しても「文部省指定」映画にされた。私はこの映画のテーマは「諸民族の平和的共生」だと思った。しかしそれを突き詰めるとそもそもイスラエルという国の存在は否定されねばならないのだが。   

さらにイスラエル人の中にも養父母のように「左派無宗教の人々がおり、彼らはアラブ人との戦争を否定しながらも、将来はわが子をその戦争に送り込まねばならない。(徴兵令のため)それならと国を出たとしても好戦的右派の好き放題にさせてしまうから選挙権を放棄することはできない。」というジレンマに苦しんでいるのだ。(監督談)

Photo_9 ラディユ・ミヘイレアニュ監督はルーマニアで生まれたユダヤ系フランス人。「私の中には2つのアイデンテティがあり、どこにいても”よそ者”という辛い思いをしてきました。しかし自分ではない他人になることによって自分自身を解放し、他者に歩み寄ろうとすることができるのでしょう。」と述べている。                                                  

さらに彼は「ユダヤ民族とは人種として定義されないし、また宗教としてのみ定義されるものでもない。ユダヤ民族はある伝説と言語と歴史に対する独自の関係を幾世紀にもわたって維持してきた人々の集団として定義される。」としている。

陰鬱な雨の日、心も落ち込むけれど・・「イギリスに憧れて」

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梅雨に入ってから陰鬱な雨の日が続いて心が落ち込む。小さな庭を見ると花の終わったバラの樹、蕾が膨らんできたユリなどが雨に濡れてそれでも活き活きと緑の葉っぱを光らせている。放射性物質の塵を含む雨なのだろうけれど木々や花は何も知らずに雨を享受している。・・・ (写真上はイギリス・湖水地方の草原)                                                 

ブログも最初は毎日書いた(我ながらすごい!)のだが(マイナスな心に陥る暇を持たないため追われるように書いたのだ)、つまらない文章でも書くということはとても大変、楽しいことばかり書こうと思っていてもそうは問屋が卸さず、書いていくうちに落ち込んでくることもある。(特に映画)・・ということで最近はせめて週2回は必ず更新という目標で書いている。(のだけれど)                   

去年の8月に初めてブログを書き初めた頃、「イギリス映画大好き」でケン・ローチ監督の「明日へのチケット」、マーク・ハーマンの「シーズン・チケット」を取り上げた。彼らの映画は徹底してイギリス社会の底辺を構成する人々に焦点をあてており(とくに1980年代、サッチャー政権下での大失業時代の)日本でも高い評価を受けたモノが多い。                

ところがそれらと対極にあるような中上流階級の人々を描く映画(特に時代モノ)も多くあり、こちらも私は好きで可能な限り見ている。(とくに最近は18世紀末の作家ジェーン・オースティンのブームで「プライドと偏見」「いつか晴れた日に」「エマ」などが続々と映画化されている。私は原作は殆ど全部読み、映画化されたものはすべて見た(威張ることでもないか)。                                        
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原作はともかくこれら映画の魅力はイギリスの田舎、現存する貴族やジェントリーの別荘(マナー・ハウス、カントリー・ハウス)、素晴らしい自然の風景がふんだんに出てくることにある。
「日の名残り」の監督ジェームズ・アイヴォリーの作品もそうだ。この人もこれぞイギリス映Photo_3 画、という作品を作る人でともかく彼の映画に出てくるイギリスの田舎の風景、森や湖、ロンドン郊外などの風景は素晴らしい。(「眺めのいい部屋」「モーリス」「ハワーズエンド」「日の名残り」しか見ていないが。)映画の背景は全て19世紀~20世紀初め、登場人物は貴族(といっても下のほうの伯、子、男爵クラス)と富裕な商人?の家族と彼らにかかわる庶民。「眺めのいい部屋」(1986)は中でも高く評価されて何か国際映画祭の受賞もした記憶がある。(上のポスターはアイヴォリーの作品のひとつ「ハワーズ・エンド」。中でもいちばん私の好きな作品。写真右:ロンドン郊外のハワーズ・エンド。建物は古色蒼然だが建物を取り巻く庭や自然の美しさといったら・・。 Photo_10                     

物語は「ハワーズ・エンド」と呼ばれるロンドン郊外のマナーハウス(元貴族やジェントリーの邸宅)を巡る2つの家族の悲喜こもごもの物語で、貧しい銀行員の青年や元売春婦の妻なども絡み、イギリスの階級社会、富裕な人々や元貴族たちの退廃なども描かれている。。(写真左:夜、森の中をさすらうシーン。青い花のあまりの美しさにCG?と思ったが、実はブルーベルの花の群落はイギリスのあちこちの公園に見られるそうだ。(左下はウェークハーストガーデンのブルーベルの林)   
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当時富裕な人々はロンドンと田舎とに住まいを持ち、季節や仕事の都合で住み分け、どちらの生活も楽しんでいた。そして必ず何ヶ月もの長い旅(国内各地やイタリアのフィレンツェ、ベニスなど)に出るのだ。親戚や知り合いの家に長期滞在したり、定宿を持っている。イギリスでよく出てくるのはスコットランドの「湖水地方」、ウェールズなど。              

貴族たちが旅する「湖水地方」はスコットランドにあるイギリス随一の自然の森や原野、湖水など。 (写真下:湖水地方)Photo_14  Photo_15 Photo_16 イギリスはかって数回に及ぶ資本家や地主の囲い込み(エンクロージャー)によって自然や風景は壊され、さらに産業革命による人口の都市移動によって荒廃したのだが、その後自然環境や景観を取り戻し保護する市民団体(ナショナル・トラスト)の運動によって見事に復活した。湖水地方を始め国内に存在する保護地域は現在300万人の会員と国との協力で管理されている。(写真下:そのひとつ、コッツウォルズのピーター・ラビットの村。ハリー・ポッターはこの村をイメージして書いたという。)Photo_17

「カズオ・イシグロを探して」(NHK・ETV特集)・・英映画「日の名残り」

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実は放送当日の朝、新聞のTV番組で見て期待していたのだが、夜、気がついたらとっくに終わってしまっていたということでポカで見逃してしまった番組なのだ。カズオ・イシグロの小説「わたしを離さないで」が映画化され、10年ぶりに去年来日したときのインタビューをメインとする番組だったので期待していたのにこのポカぶり。(残念!)                

私がカズオ・イシグロを知ったのはイギリス映画「日の名残り」を観たとき。原作小説があり作者がカズオ・イシグロだったことから・・。その時は「えー?!、こんな純イギリス的な作品を日本人(日系2世か3世?)が書いたの?といぶかったものだが、最近になってカズオ・イシグロ氏についてネットでいろいろ情報を得たのだ。カズオ・イシグロ(石黒一雄)1953年長崎生まれ。父親(海洋学者)の仕事の関係で5才のとき渡英し、そのままイギリスに留まり、1982年にイギリス国籍を取った日系イギリス人。日本語が全く話せないそうだ。      

彼は「The Remains of the Day」(日の名残り)が1989年にブッカー賞(イギリスというよりは欧米で最高の文学賞)を得るや一躍有名になり、現在では欧米で最もよく読まれている作家である。・・ということで「日の名残り」(中公文庫)は近所の書店で入手し、もう大分前に読んだ。映画「日の名残り」(1993)は原作に忠実に1920~30年代のイギリスの貴族社会とそこで働く庶民(執事や女中たち)の日常、そして2次大戦に向かう時代の空気も精緻に描き出し、主人公を演じたアンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンは米アカデミー賞(オスカー)主演最優秀賞を得た。                                             
Photo_6 オックスフォードにあるダーリントン卿の豪華な邸宅(ダーリントン・ホール)の筆頭執事スティーブンスは父親から2代にわたってこの邸宅に勤めてきた。完ぺき主義者の彼は多くの執事、召使たちを指揮して邸宅の日々を仕切り、ときにはVIPの集まる宴席でもひとつの落ちPhoto_4 度もないように勤めてきた。スティーブンスは「偉大な執事に要求されるものは巧みな話術や発音などではなく”品格”である。そして”品格”というのは自らの職業のあり方を貫き、それに耐える能力である。」と思っている。名優アンソニー・ホプキンス(シェイクスピア俳優)は原作のストイックで品格のある執事を完璧に演じている。                       

幼い頃から憧れて尊敬してきた父親が老いて働けなくなると掃除係に格落ちさせ、最後に邸宅の屋根裏の小さな部屋で父の最期を看取る。彼に密かに想いを寄せる女中頭のミス・ケントン(エマ・トンプソン)をも受け入れることなくひたすらダーリントン卿に仕える。       Photo_7
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ストーリーは大戦終了後の1950年代、スティーブンスが短い休暇をもらいオックスフォード地方やイギリス各地を旅しながら、執事として卿に仕えていた日々を回顧するという形ですすめられる。                     

大戦後、邸宅は競売に出されてすでにアメリカ人の富豪ファラディのものとなっている。ファラディの要請でスティーブンスは執事として邸宅に残ることになっていたが、この旅の一番の目的はミス・ケントンとの再会であった。そして陰鬱な雨の中の片田舎の町で出会うふたり。しかしミス・ケントンはすでに結婚しており、ダーリントンホールに戻ることを断わる。                                                                        Photo_8 Photo_14
ラストシーン・・再び執事としてこの邸宅で働く決意を強めたスティーブンスが新しい主人のファラディと荒れはてた大広間で迷い込んできた白いハトを追いかける。ハトはバタバタと天井を逃げ回る・・。このシーン、とても象徴的。イギリスの凋落とアメリカの台頭?アメリカの唱える”平和”を表わすハト?、 小説の方はラスト、旅の終わりに自分の人生を振り返って海を見ながら涙を流すスティーブンス。隣に座った男が言う、「夕方が一日でいちばんいい時間なんだ。」               

ナチが台頭しヨーロッパに戦火が迫る1930年代、イギリス国内(とくに貴族)には親独派が多かったということを知った。(もともと現ウィンザー王室もドイツから来ているし)映画の中でダーリントンホールに在英ドイツ大使リッペンドロップを招いてたびたび集まる親独派の人々とPhoto_9 対独開戦を回避する為の会議(晩餐会)。                             
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1938年・ミュンヘン会議で「対独宥和政策」を主張したイギリスのチェンバレンの背景には「ドイツにソ連を潰させる」以外にこういう国内の事情もあったのだろう。シンプソン夫人と結婚して王位を捨てたエドワード8世もドイツびいきで有名。そのためにチャーチルは彼の退位に執着したということらしいし、エドワードは退位後もドイツの協力で何度か復位を狙っていたということを何かの本で読んだことがある。(ナチス・ドイツの方はエドワードを傀儡にしてイギリス制覇をもくろんだ。)映画中、スティーブンスが立ち寄った地元のバーで住民たちがダーリントンホールや親ナチの卿を決して良くは思っていなかったことを知るシーンがある。    しかし(原作では)スティーブンスは「今日、人々がまるで自分は一瞬たりともリッペンドロップ卿(ドイツ大使)に丸め込まれたことはなく、リッペンドロップさまを名誉或る紳士として信じて協力したのは、ダーリントンさまだけであるかのように語るのを聞きますと、やはり違和感を覚えます。リッペンドロップ様は「引っ張りだこ」でさえあったお方でした。」 と当時のイギリス貴族の大半が親独であったことを述懐している。           

 完璧な執事として全ての他の人生の選択をすてて生きたひとりの男。そして彼が仕えた大英帝国。それらは今は老いて、たそがれの中にある。カズオ・イシグロはイギリスの「古き良き時代」を懐かしむイギリス人なのだ。Photo_11                                                          

軍事政権から25年も経って未だに心に傷を抱えて生きる人々・・・「瞳の奥の秘密」

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アルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」(2008・ファン・ホセ・カンパネラ監督)は、公開当時34週ロングラン大ヒットし、アルゼンチン・アカデミー賞を総なめにした後、翌年には米アカデミー賞・外国語映画部門最優秀賞を受賞した作品である。この受賞は同じく軍事政権下の国民への残虐を描いた「オフィシャル・ストーリー」(1986)が同賞を得てから20年目にあたり、未だにあの時代の傷が現実の生活に影を落としたまま生きている人々が数多く存在することを教えてくれる映画である。(アルゼンチン国内で空前のヒットをした理由のひとつもそれが原因かもと推察される。)映画としての完成度が高く、全体のストーリーがサスペンス仕立てになっているためラストに至るまでのストーリーを詳細に記すことはできない。さらに当時のアルゼンチンの司法制度がわからないので刑事や検事の権限、互いの関係などについても明確には述べられない。

ものがたり:1974年、ブェノスアイレスの刑事裁判所に勤める刑事ベンハミンは同僚のパブロ、上司で判事補のイレーネとともに或る殺人事件を担当することになる。それは幸せな新婚生活を送る若く美しい妻が、ある日アパートで強姦、惨殺されるという衝撃的な事件だった。事件は当時このアパートで配管工事をしていた作業員の自供によって落着する。      
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ベンハミンらは犯人が厳しい拷問の結果、自白を強要されたことを推測するものの裁判所の上司は「事件は終わったのだ」とベンハミンらの捜査の続行を禁止する。(自白した犯人は拷問のため瀕死の状態だった)                                       

1年過ぎたある日、ベンハミンは駅のベンチで偶然に被害者の夫で銀行員のリカルドに出会Photo_6 い、リカルドが事件以来1年間、毎日駅頭で真犯人探しをしていることを知り驚愕する。ベンハミンは判事に捜査の再開を訴え、許可が下りないままに同僚パブロとともに無断で捜査を始める。「お前の行動は判事補のイレーネを巻き込むことになるんだぞ。」と脅かされても捜査を止めない。2人は事件を追う中でアパートに残された幾通かの手紙、被害者の故郷での昔の写真に(大勢で撮った)何度も出てくる従兄(だったと思う)に目星をつけ、張り込みや聞き込みでとうとう田舎からブエノスアイレスに出てきていた従兄を拘束することに成功する。彼こそが真犯人だった。 (写真左:リカルド)                                        

そして犯人イシドロはついに裁判で「終身刑」を宣告され刑務所に送られる。                

ここで感想。「瞳の奥の秘密」はずばり的確な題名だ。                               

*ベンハミンがイシドロが従妹リリアナ(殺された)に当てた数通の手紙と昔の写真を現場のアパートから見つけて犯人を確信するシーン。写真に写ったイシドロのリリアナに向けられた異様なまなざし(執着をこめた)。                                   

* 尋問されてもあくまでシラをきる イシドロに突然イレーネが「貴方なんかには女を強姦する熱情?も体力もないんでしょ。貧弱な一物ぶらさげてるの、見なくてもわかるわよ。」 ・・挑発に乗って逆上し、豹変するイシドロ。下穿きを脱いでイレーネに襲い掛かろうとする。イレーネがイシドロの瞳の奥の狂気を見て挑発する見事なシーンだ。                     

*駅で1年ぶりに被害者の夫リカルドに出会うベンハミン。リカルドの瞳の奥に殺された妻への愛を見て心を揺さぶられるシーン。

ところが事件は意外な展開をする。ある日何気なくTVニュースを見ていたベンハミンは独裁Photo_4  者イサベラ・ペロン大統領(夫亡き後政権を引き継いでいた)の護衛官の中にイシドロの姿を発見して驚愕するのだ。「終身刑」で刑務所にいるはずのイシドロは実は反政府者の情報を密告して許され、その(冷酷卑劣な)性格を見込まれて自由の身になったばかりか、法外の出世までしていたのだ。そしてたまたま出向いた官庁でイレーネとベンハミンに出会ったイシドロは銃をちらつかせて彼らを威嚇する。彼らの関係は逆転したのだ。               

さらにベンハミンへの恨みを持つイシドロはベンハミンのアパートに押し込んで間違って居合わせたパブロを撃ち殺してしまう。             
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挫折感、友の死への呵責、身に迫る危険を感じたベンハミンはイレーネと別れて田舎に去る。(写真左:駅頭で別れる2人)        

そして25年の年月が過ぎる。イレーネの愛を受け入れなかった中途半端な自分(彼女はハーバード出のエリートなのに自分は高卒の叩き上げというコンプレックスが邪魔した)、パブロを誤って殺させてしまった呵責などに苛まれる虚しい日々。ついにベンハミンは過去の自分と向き合い、人生の再出発の糸口を求めるべくブエノスアイレスに向かう。            

イレーネは既に結婚して2人の子持ち、相変わらず裁判所に勤めている。イシドロはパブロを殺した日からなぜか消息を絶ったという。 ベンハミンは事件以後の25年を自分と同じように辛い日々をすごしたであろうリカルドに会うために、地方の銀行に転勤して田舎住まいをしているという彼の元に向かうのだ。Photo_7 Photo_8
リカルドは老いてなおひとり身、諦念の中に生きているかに見えた。「過去にこだわる者は未来をも失ってしまう。過去を忘れてしまえ。」と諭すリカルド。諦めてブエノスアイレスに向かうベンハミンだったが・・・再びリカルドのもとに引き返し、そして思いも寄らないラストが待っている。                                                   

*ベンハミンはなぜ引き返したのか? それは老いたリカルドの瞳の奥に宿っている彼の真の心を見たからではないだろうか?                                          

男女の愛と軍事政権下での殺人事件を織り交ぜた、非常に上手くできた完成度の高い映画だった。ラストまで「ハラハラ、ドキドキ」させるだけでも「この映画は秀作(朝日新聞コラム:沢木耕太郎氏)だといえよう。軍事政権下(厳密には1976年から始まった)の非条理、何でもアリの不気味な社会も怖い。・・                                    

最後にこの映画の受賞の20年前に同じく米・アカデミー賞を受賞した「オフィシャル・ストーリー」(1986)は私のブログでは2010年10月7日に取り上げているが、こちらは軍事政権崩壊後まもなく作られた映画であるためか、軍事政権の行った政治犯罪を真っ向から取り上げた、いわば「直球的作品」。どちらかといえば私は「オフィシャル・ストーリー」の方が好きです。                                                                                                                 

韓流にはまる日々・・・「冬鳥」

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「冬鳥」(キョウル・セ)は韓国ドラマ・視聴率の女王と称される脚本家キム・スヒョン女史が1992年に大ヒット(視聴率45%越え韓国ドラマ史上最高)させた同名のドラマをリメイクしたもので2007年に放送されたが、予想に反して大コケし、その結果当初の回数を10話減らして終了したという。視聴率低迷の理由は「物語りがあまりにも古めかしく時代錯誤」ということだったらしい。                                                                                                            

見たいドラマが他になかったこと、キム・スヒョンのドラマは秀作が多い(「拝啓、ご両親様」は私のホームドラマNO.1)であること、ヒロインにパク・ソニョンssiが出ているということで「ちょっと長すぎるなあ」(43話)と思いながら一応完走したので、今日のブログのテーマにとりあげる事にした。延々と見ている途中に3・11の東北大震災、福島原発事故が起こり、個人的にも大きな衝撃を受け、気が滅入る日々の中でそれでも気晴らしに見たのが結局重苦しく暗いドラマで気晴らしにはならなかった。                                   

ものがたり;ヒロインのヨンウン(パク・ソニョン)は10才の時に両親を事故で失い、父の親友Photo_2 のチャン会長夫妻(財閥)に引き取られ可愛がられて育てられた。会長夫妻には実の子がふたりおり、ヨンウンは長男ドヒョン・オッパ(イ・テゴンssi)と次第に心を通じ合わせ、深く愛しあうようになる。しかし会長夫人はヨンウンと我が子ドヒョンが愛し合っていることを知り、ふたりが結婚することを恐れてドヒョンの留学中にヨンウンの結婚を急ぎ、ヨンウンも同意。急遽帰国したドヒョンが「ヨンウンがこの家に来てからずっと愛している。結婚したい。」というのをはねつけ、母ひとりで苦労して育てあげ医師になったギョンウと結婚させてしまう。                            

ヨンウンは「お前の心に反したこの結婚をやめろ。絶対に親を説得して結婚の許可をもらうから。もし許されない場合は二人でどこか遠く(外国)で結婚しよう。」というドヒョンの懇願を振り切って会長夫人のすすめる結婚を選択する。「この家で大切に育てられたけれど、ここは私にとっては荒野だった。本当に暖かい自分の家庭が欲しいの。」というヨンウン。(写真下:嫁ぎ先の夫と夫の母)        
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しかし夫ギョンウとの結婚生活もまた修羅場つづきだった。夫の母は「金の亡者」、あくどい高利貸しで蓄財し、それでも足らずに会長にカネをせびる始末。さらに息子への偏愛、母子ふたりの密着ぶりは異常で、息子の結婚生活を邪魔し、邪魔者ヨンウンをいびる。夫のギョンウは妻を愛しながらも母のいうがままで、母の肩を持つばかりでヨンウンには「我慢してくれ」というばかり。さらにヨンウンが実家のドヒョンと相思相愛であったという噂を聞きつけた姑は「傷モノの邪魔者を体よく押し付けられた」とわめき出し、嫉妬にかられたギョンウもまたヨンウンをなじる。
一方ドヒョンはとうとう根負けして母の押し付ける結婚を決心(相手は大病院長の娘で医師)するが、結婚式の夜にたまたまヨンウンは夫や夫の母に追い詰められて家出。嫉妬に狂ったギョンウが新婚夫婦の泊まるホテルに乗り込み「ヨンウンの居場所を教えろ」とドヒョンに殴りかかり、ドヒョンもヨンウンの家出を知り、新妻を放置してヨPhoto_5 ンウンを探し回る。当然、結婚は破棄され、会長夫妻も立つ瀬がなくなる。                            




一方家出したヨンウンは海辺の寒村で隠れてギョンウの子を出産し、やがて見つかるが頑として婚家に帰ることを拒否、会長の家にも帰らず、親友ヒジンのもとに身を寄せ自立して子どもを育てることを決意する。夫ギョンウの謝罪と「こどもの為にも帰ってくれ」との懇願に一度は復縁を決意するがやはり結果的には親友の小さな服飾卸しの会社を共同経営することで自立の道を歩み始める。                                        

ドヒョンはそんなヨンウンの力になり、この間子どもの養育などを巡りさまざまあるが、最後はとうとう根負けした会長夫人が息子とヨンウンとの結婚を許すことになり、夫人はこれまでの自分の態度をヨンウンに謝罪しハッピーエンドで終わる。(会長はいつもヨンウンに親身で、妻に押し切られながらも彼女の味方、結婚も許してやるべきだと思っていた。)    
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とあらすじはざっと こんなところだがドラマが、ヒットしなかったのは所謂「嫁姑の確執」がイヤというほど描かれており「韓国でも今じゃこんなの古臭すぎるよ」といったところなのだろうか。姑のカネの亡者ぶり、品性のなさ、息子の心を離さないために仮病は使う、ヨメの悪い風評(根拠もない)を息子に告げ口するなど辟易させられるが、対するヨンウンも場合によっては決然と口答え?するなどはきわめて現代的にはなっている。                

マザコン男のギョンウは本当は優しくいい人なのだろうが母には絶対服従、というよりヨンウンが少しでも姑を批判すると逆上するほど母子密着している。しかも暗くていさかいのシーンばかりで見ている者はウンザリしてしまうのだ。                          
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Photo_10 唯一、気持ちが明るくなるのはヨンウンの親友ヒジンとその家族(義母と弟)。義母はヒジン姉弟の亡き父の後妻だが、ヨンウン姑による手酷いカネの取立てがショックで父が急死した後、食堂をしながらヒジンと弟を育ててくれた。3人は絶えず喧嘩しながら実の親子以上に仲がいい。このオンマがヨンウン姑とつかみ合いの喧嘩をする場面などは笑わせられる。   

思いつくままに・・・*ヨンウンは会長夫妻に大切に育てられ大学まで出たのになぜ「荒野のような家」を出て自立しようとしなかったのか?会長も心からヨンウンの幸せを願っているから反対しなかった筈だし、同居している会長の妹ウンスク(離婚してギャラリーを経営してPhoto_11 いる)はヨンウンやドヒョンの良き味方。「義姉さん(会長夫人)は世間体ばかり気にするけど、世間なんて噂などすぐ忘れてしまうし、こちらが気にしなければいい。」という賢明な女性だ。ヨンウンが結婚によって自分の人生を切り開こうとしたのは賢い彼女にしてはあまりにも他力本願すぎる。(写真:ヒジンとその家族。彼女は衣料品の卸しをして苦労しながら自立している。母親が「あんなカネもない男。苦労する。」と反対する同業のカレとさっさとできちゃった婚をしてしまう。ヨンウンは彼女にいつも助けてもらってばかりだ。                
(写真上:ヒジンオンマ、右:ヒジン)

*ドヒョンの優柔不断さへの批判について。・・私はそうは思わない。少年時代からのヨンウンへの愛を一度たりとも捨てたことはなく、次期会長という重責、両親の期待を知りながらヨンウンへの愛を貫こうと努力するのが、どこが優柔不断なのだろうか。            

*会長夫人の執拗な結婚反対理由は「ヨンウンには不運がつきまとっている。彼女は疫病神だ。信頼する住職がヨンウンと息子が結婚したら息子は早死にすると予言した。」ということなのだが「子ども時代から一つ屋根の下で兄妹同然に育ったふたりを結婚させるのは世間的には”不道徳な家庭”とおもわれるのではないか」という怖れを持っていたともいえる。夫人は決して冷たい人ではないのだが世間体をあまりに気にしすぎて息子の幸せをぶち壊そうとした。                                                 

何かとりとめもなくダラダラと書いてしまったが、ヨンウン役のパク・ソニョンさん、辛い決心ばかりしては泣いてばかりというこの役は似合わない。気の強いバリバリキャリアウーマンや憎たらしいヒール役、気のいい明るい娘などの方がよほど似合う。ヨンウン役は彼女のいい面が出ていないと思った。Photo_12    
最後に ドヒョンを演じたイ・テゴンssi。下積みが長く、30才過ぎてブレイクした俳優さんらしいですが今までにないタイプの「オトナの男」を演じられる方です。決してイケメンではないのだが、みるからに誠実そうな顔つき、体育大学を出て水泳のコーチなどの仕事もしていたとかで、1m85cm以上の長身、がっしりした見るからに頼もしそうな男性ですっかりカレのファンになってしまいました。時代劇で「高句麗の建国の王:広開土王(好太王)」にキャスティングされたとかですが、ヨン様の広開土王(「太王四神記」)よりも私のイメージはぴったりです。Photo_13

                                                   

    

韓流にはまる日々・・「嘘・偽りの愛」

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「彼らが住む世界」「花よりも美しく」「グッバイソロ」「愛の群像」etc・・の脚本家ノ・ヒギョンが初めてブレイクした作品「嘘・偽りの愛」(1998)は、その後、独特の「ノ・ヒギョン・ワールド」にはまるコアなファンを有することになった。かくいう私もノ・ヒギョンのドラマはほぼ見てきており、このドラマ「嘘(コジンマル)」がDVD化されるのを期待して待っていたのだった。     

ものがたりはひと言でいえば「不倫、三角関係」モノ。ドラマは必要不可欠な存在の登場人物以外は極力削り取られ、「道ならぬ恋」に苦しむ主人公の心情の起承転結に焦点が凝縮されて20話にきっちりまとめられている。                                             

主人公ソンウ(ノ・ヒギョン作品のミューズ、ペ・ジョンオク)は30才を過ぎたキャリアウーマンPhoto_2 で母とふたり暮らし。先輩(女性)の経営する小さなインテリア会社の室長、といっても彼女が率いる社員は彼女以外に4人のみ。ソンウは過去に何回か恋をし、傷ついた経験を持ち、すでに30才後半になり、父亡き後ふたりきりで生きてきた母の悩みのタネとなっている。そんなソンウが新しい恋に陥る。相手は新入社員のジュニ。ソンウより年下で、8年前に結婚した最愛の妻ウンスがいる。ウンスもまた金属工芸作家として自立した女性だが彼女の悩みはこどもができないこと。(不妊の原因も特にないのに)そしてウンスにとって決定的な不幸が起きる。子宮筋腫が見つかり子宮を全摘しなければならなくなったこと。夫のジュニが「子どもなどいなくてもいい」といくら慰めても悲しみ、落胆は収まらない。さらにウンスには夫ジュニへの負い目があった。彼女のふとした過失でジュニが右手を怪我し、指の細かい作業が出来なくなり版画家としての生命を断たれたこと。ジュニは版画家であることを捨て、ソンウの勤めるインテリアの会社に入社したのだった。                        

ジュニは妻を愛しながらも上司であるソンウに次第に心惹かれ、ひたむきな想いを寄せるようになる。ソンウはそんなジュニを最初は「微笑ましいが少しうとましい存在」くらいに思っていたのだが、次第にその一途なひたむきさにほだされ、心の空虚が充たされるようになり、遂に相思相愛になってしまう。ふたりは世間から隠れて逢う瀬を重ね(なぜか最後までプラトニック)、夫の心変わりに気づいて苦しむ妻ウンスや彼女の病気にかまう余裕もないほどジュニはソンウに心が傾いていく。             Photo_3                                   
夫の心が再び自分のもとに帰らないことを知った妻ウンスは夫ジュニを自由にしてやるために離婚を決意、ひとりで入院して手術を受けた後、姉の住むパリに去る手続きをする。一方ソンウは母や先輩の社長から「この恋の成就はあまりにも重い荷物(精神的な負い目)をずっとひきずって行くことになる。」と反対されるがそれを押し切ってジュニとの結婚を決心するのだ。                                                     

しかし、晴れて結婚できるようになった筈が現実はそうはいかなかった。ジュニは妻から離婚届をもらい、いざ別れる段になって次第に笑顔を失い、暗い表情に変わりはじめる。改めて気づいた妻への愛情、良心の呵責に苛まれて。ソンウの方もふたりの結婚生活を破綻させた責任感に苦しみ、さらにジュニの辛い表情を見て、決してこれからの生活が幸せなものではないことを痛感する。そしてとうとうジュニに別れを告げる。ふたりでNYに行って結婚する予定だったのが結局ジュニひとりでNYに発つことになる。                                    

この間、母が初恋の人と再会して結婚し(ふたりとも既に配偶者を亡くし、子どもたちも再婚Photo_4 に賛成) ソンウはひとりで相変わらずインテリア会社に勤めつづける。1年後、先輩社長から「ジュニとウンスがNYでたまたま出会ったらしい。だけどそのまま何もなく別れ、復縁しなかったとか。」と聞く。(写真:ソンウ母と再婚する大学時代の先輩。新聞社をリストラされて(記者、コラムニスト)落ち込むが、世間の目など気にせず新聞販売店を起こして新妻を養うという生活力のあるオトナの男。)                                          
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ラストは母に「今度こそいい人と」と背中を押されてお見合いのためにホテルのロビー(喫茶室)に行くソンウ。相手は地味で誠実そうなかなり年配の男。そしてそのロビーの離れた席に仲良く座って幸せそうにおしゃべりをしているジュニとウンス。会話の内容から彼らが大分前に復縁していたことが伺われる。ドラマは室外の遠方からこの二組のカップルを捉えてエンドとなる。                    

このドラマ、私的には全くはまれないというか、主人公たちに感情移入できなかった。まずジュニ、この男性は芸術家であるからか未だ大人になりきっていない。人(ソンウ)を好きだという気持ちをコントロールできなくなるのは分かるが、妻を傷つけ離婚を決意させるところまで行ったのならそれを貫徹すべき。重荷(良心の呵責)や妻への心残りでフラフラするのはだらしなさすぎる。結局ふたりの女性を傷つけた「純情」はあまりにも大人気ない。                     

次にソンウ、結局ジュニにほだされて手酷い目に遭ったというところだが、これも自業自得とPhoto_7 いうのは酷か。結局、世間的には年上の女が罪を被ることになるから、という訳ではないけれどソンウ(ペ・ジョンオクssi)には最後まで「未成年男」を軽くあしらって欲しかった。それか結婚などしなくても修羅場になってもジュニと浮気すればいい。(心変わりするまで)   

最後に妻ウンス、美人(ソンウがこれを気にするのが私には気に入らない)で賢くライフワークも確立しているのになぜ子どもにこだわるのだろうか。ウンスが夫との離婚を決意してソンウに会うとき「ひとつだけ頼みがあります。こどもが出来たら写真見せて下さいね。ジュニの子どもを見たいから。」・・・ソンウは「私も子どもが生めない身体なんです。」と切り返す。(子どもが生めるから選ばれたんじゃないよ、といいたかった?)                            

こういうドラマは苦手ですね。それに3人が泣くこと泣くこと。ソンウのペ・ジョンウォクssiに泣き顔は似合わない。ジュニ演じるイ・ソンジェssiのファンということでも期待していたのだが、男にこう泣かれるとイヤになる。泣き虫の「お子チャマ男」に扮した彼を見たくない。このドラマがきっかけで翌年、映画「美術館の隣の動物園」に抜擢されたということだが、映画のチョルスの方がよほどいい。イ・ソンジェという俳優はむしろ2枚目半あたりがはまり役なのだ。(「美術館・・」「吠える犬は噛まない」「大韓民国弁護士」など)                  

サイドストーリーとして新聞記者ドンジと街娼セミの恋の成就が出てくるのだが、一見ありえない恋人関係とはいえ、ありえるように思えてこちらの方が好感をもてた。Photo_6 (写真下)

付記:ドラマの題名「嘘(コジンマル)」について。人はそれぞれ少しずつ他人や自分にウソをついて(幸せに穏便に傷つかず)生きていくのだということか?。              

例えば嘘① ジュニとジョンウは復縁して幸せに暮らしているが、恐らくそれぞれの心中に少しづつ嘘をつきながら暮らしている筈。別れを決意するジョンウも然り。② 先輩社長がソンウに「ふたりはNYで再会したが復縁せずにそのまま別れたらしい」というのは社長がソンウを思いやってついた嘘。③ 記者ドンジは街娼だったセミとの結婚にあたり、両親や周囲にはセミの身の上については真実を話さず(話す必要ない)嘘をつき、さっさと上海支社(当時は誰もが行きたがらなかった僻地?)への転勤を希望して愛を成就させるという生きる力のある男。(セミも中身は純粋でまっとうな女性)・・。ふたりは周囲に嘘をついて恋を実らせた。・・という風にいろいろな嘘がドラマにちりばめられている。                                            

付記:独断と偏見で書いた一文を早速読んで頂き、メールを下さった○○様、どうも有り難うございました。登場人物の名前の間違い訂正いたしました。(汗) コメント頂くのって嬉しいものですね。                                           

韓流にはまる日々・・「幸せな女~彼女の選択」

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3・11の大震災以後、落ち着いてドラマなど見る心境にない日々を過ごしてきたが(被災者でない私ですら)さりとてTV放送ももっと見る気がなく(サッカーの実況と就寝前のニュース、それと特別報道番組などは大体見る)、午後や夜のヒマな時間にレンタルの韓国ドラマを再び見始めた。韓国ドラマも1990年代の作品を頂点として次第に質が低下、最近ではこれといった良作に巡り合うことがない。お決まりのメロドラマや、ドタバタもの、あんなに携帯が使われている時代に「確認すれば済む誤解や思い違い」をベースに進むストーリー。(誤解が解けたらこのドラマ最初の30分で終わるよと思いながら見る駄作が多い!)               

最近DVDリリースされた「嘘~偽りの愛(全20話)」は名脚本家ノ・ヒギョンの1997年の作品で一部のコアなファンに”伝説的名作”として愛されてきたものらしいが、現在レンタルショップでは「新作」扱いになっており(2泊3日で料金も高い)、準新作になった1~5本までは見たのだが6から未だ新作だったのが昨日、準新作になり”1ウィーク・レンタル”になったので早速借りてきてもらい今夜から見る予定。(だけど今夜はAFCチャンピオンズリーグのC大阪vs山東魯能の実況放送があるのでそちらを見ることになる)「嘘~偽りの愛」は後日レビューを書くことにして今日は今年に入って見たドラマを紹介。                       

★「幸せな女(ヘンボッカン ヨジャ)~彼女の選択」(2007:全50話 )                              

韓国での視聴率は高く、日本でもかなりの話題になったドラマだとのこと。とりわけ物語りの結末について、視聴者のすごいブーイングがあり(特に日本で?)ネットであちこちのレビューを読んでも「この結末さえなければ。・・・全く最悪の結末!」とケチョンケチョンの感想が殆どだった。ので「じゃあ見てみようではないか」と借りてきたのだ。                                        
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ものがたり:ヒロインのジヨンは父がなく祖母と母がキムチを作って生計を立てる(決まった高級料亭に降ろ す)貧しい家庭の次女。大学卒業後、同級生の会社社長の御曹司(次男)ジュノと周囲の反 対を押し切って熱愛結婚し、夫の母にに疎まれながら、一切の経済的援助も受けず、マンションのローンを払いながら共働きをしている。夫はエリートサラリーマン、ジヨンはアクセサリーデザイナー。(後に同僚と起業。)ところが夫が高校時代の同級生ハヨンと一晩の浮気をしてしまい、その後積極的なハヨン(ハイソのお嬢様)につきまとわれ、とうとう妻ジヨンの知るところとなる。                                                            

真面目で完ぺき主義者?のジヨンは信じていた夫の裏切りをどうしても許すことが出来ず、Photo_5 夫が「あくまで成り行きの浮気で絶対にハヨンを愛していない」と許しを請うのを振り切り、とうとう離婚してしまう。夫は失意のままニューヨークに転勤、ジヨンはその後妊娠していることが分かり密かに女児ウンジを出産する。           

親友とアクセサリーの会社を起こしたジヨンは家を出てウンジを保育園に預けながら働くのだが、以前、市場でスリに会ったとき出会ったことのある刑事テソプと再会し、次第に心を許しあう仲になる。テソプは犯人に刺殺された先輩刑事の遺児を引き取り育てており、保育園が同じでお互いの住居も近所だった。(写真左下:ジヨンの娘ウンジ)   
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・・・ここから韓国ドラマお決まりの「まずありえない奇想天外?な人間関係の設定、運命」が物語りを劇的に展開させ、ふたりを不幸に巻き込んでゆく。 実はヒロインのジヨンの父はジヨンが幼い頃、家族を捨てて家を出ており(遊び人で女に弱い最低の男だった)、ジヨンも実はそんな父がどこかで生ませた子を妻(コ・ドゥシムさん扮する)が育てあげた娘で、そのため姉と妹とは母違いのだったが、育ての母もばあちゃんも分け隔てなく彼女を可愛がって育て、3人姉妹も仲がいい。彼女たちは父出奔後はいっさい父と会っていない。 (写真左からばあちゃん、オンマ、姉、妹夫婦)            
Photo_7 ところが妻子を捨てた父は現在では人が変わったような真面目人間になり、再婚して一男を設け、小さな自動車修理工場を経営している。その再婚相手の女性の連れ子がジヨンの現恋人のテソプだったのだ。テソプは母の再婚に反発して家を出て(中学生の頃?)働きながら大検を受けて大学に入り刑事になり、現在では時たま実家にも足を運んでいる。(写真下:テソプ家族・父親違いの弟ジフンは兄になつきますが、実母は息子の選んだ相手を徹底的に拒否する。(夫の元妻への嫉妬から?)義父はテソプにすまなく思っており、ふたりは結婚してもいいと思っている。戸籍上も何の問題もないし。チャン・ヨン氏扮するテソプ義父はどう見ても昔そんなワルい奴だったと思えない。)Photo_11                            
3年後(ぐらい?)に帰国した元夫ジュノは相変わらずジヨンに未練があり、周囲にすすめめられPhoto_13 てやむなく浮気相手だったハヨンお嬢様との結婚をいったんは決めるが、やはり破棄。ましてやジヨンが育てている我が娘ウンジの存在を知っていよいよ未練が増し「復縁がだめならばせめてたまに娘に会わせて欲しい」ということでたびたび娘を連れ出し、とうとう実家につれて帰り、両親に会わせたりもしはじめる。ウンジもジュノを「アッパ、アッパ」と慕う。ウンジを可愛がる元夫にヨンジも次第に態度を柔らげるが復縁の意思は全くなく、心はすでにテソプの元にあり、揺れることがない。Photo_12 一方でジヨンとテソプは結婚を決意するものの、ジヨンが夫の娘であることを知ったテソプの実母と、同じくジヨンの育ての母のヒステリックなまでの反対にぶつかる。テソプは「法律上は親の反対があっても結婚できるのだ」とジヨンを説得するが、ジヨンはテソプ母が心臓病(持病)発作で死ぬ恐れがあることから結婚に踏み切れず、喫茶店に呼び出されて実母に会い、別れる事を懇願され、心臓発作まで起こされたのでは、別れを決意する以外になくなる。        

そして元夫の実家や自分の家族たちの「復縁が子どものためにも最良の選択」との大合唱に負けてとうとう復縁を決意する。(写真左から元夫ジュノ、舅、姑、兄夫婦)       

Photo_9
そして最終回:夫との復縁を決意したジヨンは」夫の実家(リッチな豪邸)に娘を連れて出かけ、夕食後TVを見て皆がくつろいでいるとき、たまたまニュースで「刑事(テソプ)が犯人逮捕の際、銃に撃たれて危篤」というニュースが流れる。驚愕したジヨンは我を忘れて外に飛び出し、タクシーを拾って去っていってしまうところでドラマは終わる。・・              

さて大ブーイングの起こったのはこの結末だ。                             

*前後の見境いなく飛び出していったジヨンの行動に批判集中。「元夫や幼い娘を捨ててしまったの?」「テソプは危篤のままドラマは終わったけど、生死はどうだったのか?視聴者に知らせるべきだ。」「あの後、彼女は病院から再び元夫の元に帰るのでしょうか?」「ちゃんと話を帰結させてほしい」などなど。「最終話をみてこのドラマの評価が下落した」という意見もあった。さらに「単なる出来心で浮気をし(相手に押しまくられて)深い仲にもなっていないのに何故夫を許さないのか」「夫はその後ずっとジヨンを愛し続けており、幼い娘にもなつかれ誠実な男なのに」・・など”彼女の選択”の誤り?に批判が集中しているようだ。(写真下:元夫と娘を置いて飛び出すジヨン。どなたかのブログの写真を無断でお借りしました。)Photo_14

ところで私の感想: *ジヨンがラストに裸足同然で危篤のテソプの元に駆けつけるのはそんなに不自然でひどい結末とは思えなかった。たしかに幼い娘を元夫のもとに残していくのはどうかとか、突然すぎて突拍子もない行動ではあるが、彼女はあそこまで行ってああいう行動をとらずには(つまり分別の勝ったお利口さんでは)「彼女の本心の選択」ができなかったのではないかと納得した。「育ての母親の反対、とくにストレスの心臓発作で死ぬかもしれないテソプのPhoto_15 実母の反対」という大きな壁を乗り越えるためにはテソプの危篤という状況が必要なのかなと。危篤のテソプの生死とかは二の次の問題、というより視聴者の想像に任せるオープン・エンディングになっている。おそらくファンの激しい賛否両論の声の中でハッピーエンドになるか(テソプの命が助かってウンジ、ジヨンたちと結ばれる)、それともサッエンド(テソプが死ぬ)かは視聴者の想像に任せたのだと思われ、これはこれで良しと思った。    

「幼い娘には父親が必要」というがテソプは充分にいい父親になる人物だ。血のつながりは関係ない。(写真:先輩の息子を育てるテソプ。)                           

次にジヨンが相思相愛の夫が成り行きで浮気したために離婚するのは「そこまでしなくても?許してやる道もあるよ」とは思わないこともないが、まだ若くて完全主義者のジヨンが悩んだ挙句それしかなかったことも充分ありうる。                             

*最後に相変わらず理不尽な理由で若い人々の結婚に頑強に反対する人々(特にオンマやハルモニ)にはいつもうんざりする。しかもその理由が自分の感情や世間体によるもの、家格や経済力の相異などで、こどもの幸せを願うことから来ていないのが腹立たしい。日本ではあそこまで親が子の結婚に反対したり、くちばしを入れることは殆どないのではないだろうか。(セレブの社会にはあるのだろうか)                              

このドラマ、評判が良くて予定を越えて放送回数を引き伸ばした由。問題になった結末については「視聴者の反響、意見が、復縁か新たな結婚かで相反した為、ああいうことになった」ということらしいです。韓国ドラマの脚本家は放送と並行してシナリオを書くそうだ。つまり視聴者の反応や視聴率を見ながらストーリーを展開させるのだとか。良し悪しでしょうが、初めからきちんと完結した作品の方が質が高くなると思う。従って私はむしろ「ミニシリーズ(16~20話で完結)」の方が好きです。                                   

最後にちんたらちんたらしながら長々と見てしまう理由のひとつは周辺の人々(家族)を見たいから。庶民の三世代(殆ど)家族、セレブの家庭(かなりステロタイプ化してきている感じだが)などと若い世代、中年、老人などさまざまな人々が生きる有様がとても興味深い。とくにハルモニ(ハラボジよりも)たちの達者な演技者が多くてなぜか癒されます。ジヨンの育ての母になるコ・ドゥシムさんは今回は頑として娘の結婚に反対するのがファンとしては少々憎たらしい。Photo_10

健さんには北海道がよく似合う・・・「ぽっぽや(鉄道員)」1999:降旗康男監督

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TVニュースを見ていると落ち込むばかりなので「山田洋次が選ぶ日本映画100選」(毎日曜日・BS2・21時~)、9日の「ぽっぽや」を観た。浅田次郎の短編(同名:直木賞受賞)を映画化したものだが、日本人の感傷の琴線に触れるという点で木下恵介「ニ十四の瞳」「喜びも悲しみも幾年月」の流れを汲む作品、大ヒットしたのも頷ける。                 
Photo_22
(写真上:吹雪の中を走るD51.オープニングシーンの数分間走り続けるその映像は圧巻。何か、この映画のテーマを象徴しているかのように思われた。)

ものがたり:佐藤乙松、鉄道員人生45年のしかも父親から2代目国鉄マンである。(この映画ではすでに国鉄は解体、JR北海道になっている。)蒸気機関車のカマ焚きから始まり、機関士を経て1999年現在はローカル線・幌舞線の終着駅である幌舞駅の駅長(といっても他に駅員のいない小さな駅)を最後にまもなく定年を迎えようとしている。時同じくして幌舞線の廃線が決まる。A                                                

かってこの地は炭鉱の町として繁栄していたが廃坑のあとは人口数百人の年寄りばかりの町になPhoto_2 ってしまい、幌舞線も乗客が激減した。乙松にはカマ焚き時代からの仲間である仙次(小林稔持)という無二の親友がいるが彼は乙松より出世し、大きなターミナル駅・美寄駅の駅長、定年後はJRの関連企業である巨大リゾートホテルへの就職も決まっている。ひとり息子は北大を出て札幌のJR北海道の総合職として働いている。仙次の「官舎を出た後一体どこに住むんだ。家なんかないだろ。俺もお前がいないと寂しいから」とホテルへの再就職を斡旋するとの誘いも「俺は鉄道のこと以外は何もできないから」と頑なに断り続ける。                         

Photo_3 乙松はぽっぽや生活45年、雨の日も雪の日もひたすら鉄道員として働きつづけ、ひとり娘の雪子が生後数ヶ月で肺炎で亡くなったときも、妻の静枝(大竹しのぶ)が5年前に亡くなったときも「交代要員がいないから」と仕事を優先して最期を看取らず、妻は仙次夫婦に看取られて亡くなる。                                             

たったひとりで官舎(駅に付属した)での寂しい正月Photo_8 、訪ねてきた仙次と酒を酌み交わす。・・映画の殆どが回顧シーンになっており(時にはモノクロで)、厳しいカマ焚きの仕事、国労スト、集団就職のため上京する子供たちを組合で合意して特別に汽車を走らせたこと(おそらくこれらは60年代?)などが次々と描き出される。


乙松は正月でも相変わらず、雪のプラットホームに立ち、汽車を迎え、送り出す喚呼を行うのだ。                             

そのとき古めかしい人形を抱いた小さな女の子がプラットホームに現れる。「おめえ、どこのPhoto_20 子だ?正月だから帰ってきたのけ?」頷く少女。5才だという。彼女が帰ったあと駅舎に残された人形。その夜おそく今度は中学生の少女が妹が忘れた人形を取りにくる。そして次の日の夜、今度は高校生の少女が・・。彼女は駅舎に上がり、乙松が「寒いから」と差し出した亡き妻の半纏を着て乙松のために夜食を作ってくれる。あまりにも不思議な(しかし幸せな)出来事に驚く乙松だが・・とうとう彼女たちは赤ん坊で死んでしまった雪子だと気づくのだ。雪子が成長していく姿を見せに来てくれたのだと・・。                          
Photo_4
翌朝、除雪車が駅に着いたとき、乙松は雪のホームに倒れて亡くなっていた。・・・       

小さな女の子が現れ、次々に成長して出てくることから「あ、これは乙松がずうっと心の中にしまいこんできた娘への想い、心象風景なのだ。」と思った。そして映画のラストを確信した。

「お父さんは仕事以外はなんもいいこと無かったから・・」という雪子。しかし、不器用にしか生 きられない乙松を取り巻く人々(仙次夫婦、駅前の食堂のおばさん、ぽっぽやの仲間や後輩たち、仙次の息子etc)などすべていい人ばかり。”ひとの人生は結局は良い人間関係が豊かにあること”とどこかで読んだが、乙松は幸せな人生を生きたといえる。Photo_17            

Photo_10          ラスト、乙松の棺が幌舞駅から美寄に運ばれPhoto_19 るシーンでこの汽車(キハ)を仙次が運転するのだがこのときの後輩運転士のセリフ 「おやじさん、キハは良い声で鳴くでしょ。わけもないけど、俺聞いてて涙が出るんだわ。新幹線も北斗星もいいけどキハの笛を聞くとなんかしらんけど俺は泣けてくる。」・・雪に曇った運転室の窓の正面からふたりの表情を捉えたラストシーン、いいラストだった。                                                 

放送の前に山本晋也氏がいっていたように、どのシーンにも赤色が効果的に使われていてとても美しい。(キエシロフスキの「トリコロール・赤の章」もそうだった) 広末涼子さん、初めて見た(CMなどでは見ていた)が、とても美しく、おそらく彼女の一番輝いていた頃の作品なのではないだろうか。                                           

A_4 最後に北海道の原野、降りしきる雪の中を走 る蒸気機関車(D51とキハ40764)の姿の圧倒 Photo_23 的な素晴らしさ。おそらく彼らは主人公の健さんと並ぶこの映画の主役でしょう。                      

Photo_14 

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